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アクラム・カーン "DESH"を観て 支離滅裂な感想

1/26(土)、彩の国さいたま芸術劇場にてアクラム・カーンのソロ・コンテンポラリー作品”DESH"を観に行ってきました。終演後、感涙にぐったりしてすぐには立ち上がれず、のそのそと劇場を出たのは自分が最後で、係員の人たち全員がぞろぞろと私に向かって「ありがとうございましたー」と言ってくれるのが少し申し訳なかった。

…やっぱり、イケてる人(アーティスト)はイケてる人と組むんだよな、とこの頃、多方面で思う。
まあ何をイケてるかと思うかは人それぞれ好みがあるでしょうが。

アクラム・カーンを私が見つけたのは、シディ・ラルビ・シェルカウイとの共同作品を観たからだし、シディ・ラルビ・シェルカウイについては東京バレエ団出身の「神々しい」ダンサー・首藤康之と、シェルカウイ振付の作品で共演していたから。
(敬称略…感覚的に日本人だけ「さん」付けしないと悪いような気になるので)

アクラム・カーンについては、、

(「100年にひとり」の天才バレエダンサー・シルヴィ・ギエムとの共演)
http://www.dailymotion.com/video/xij1ig_sylvie-guillem-et-akram-khan-festival-vaison-danses-2011_creation#.UQS2eh30JIE

(インドの古典舞踊・カタックについて語り・踊るアクラム・カーン。タブラも叩いてます)
http://www.youtube.com/watch?v=nOiGl-JyTVw

(で、今回の作品”DESH"のトレイラー)
http://www.youtube.com/watch?v=eZRELunN1mM

タイトルの”DESH"とはベンガル語で”homeland=母国”の意。
バングラデシュ系英国人として二重のアイデンティティを持つカーンが、初めて自らの個人史に真っ向から対峙した、これまた初めての長編・ソロ作品だ。

終演後、劇場で無料で配っていたパンフレット(なんて良心的なんだろう)に、カーン自身のインタビューが載っていたので一部、(勝手に)転載します。

…「僕はずっと、コンテンポラリー・ダンスという文脈のなかで、舞台にひとりで立つことを怖れてきました。けれど年齢的に考えても、いまこそ、そのチャレンジの時。自分のアイデンティティ、生い立ち、国、父親、そして何より自分自身と”対峙”する作品を創作することにしたわけです。」

…「子供のころ、うちの居間のテレビにはマイケル・ジャクソンが映っていて、隣の部屋ではボリウッド(インド映画)のインド音楽がかかっていて、さらに僕は母親から30年間フォークダンスを教わって、後々、学生時代にはコンテンポラリー・ダンスのトレーニングを積むことになった。そうしたら、僕の身体は完全な混乱状態に陥ってしまった。でもそれらすべての文化を融合させる良い時期が来たんじゃないかと思ってね、それでこの作品でそれを初めて試してみることにしたんです。僕にとっては、この自分の複雑な身体こそが”母国”であり”アイデンティティ”だから」

(転載終わり)

私は、この”DESH"を観る前に、このタイトルから私自身の”homeland"もしくは故郷について考えていました。
私の故郷は和歌山市だけど、私が生まれ育った「実家」はもう無くて、母親が住んでいる和歌山市内の家が強いて言うなら「実家」かな、と思っている。
今でも和歌山市に帰った時は、ああ懐かしい景色だな、片男海イイな、友達に会えるな嬉しいな、等と感じるけれど、思春期の頃には「早くここから出たい、面白い世界に行きたい」と思ってたし、その土地自体に愛着があるかどうか、自分でもよくわからない。対外的には「和歌山」をアピってみたりするようになったけれど、、、(「ぷりぷり県」by吉田戦車の影響もあり)
親・家族が居るから故郷として定期的に訪れるけれど、ふつう、親は自分よりも先に居なくなってしまうわけで、いつか親が居なくなったら、私はもう殆ど和歌山には帰らない思う。
じゃあやっぱり、親が”homeland"なのかな、と考えて、、、いや、親が先にこの世から居なくなっても自分の中にはずっと居つづけるのだから、自分自身のなかに”homeland”があるというか、自分自身が"homeland"(homeでもいいけど)なんだな、と帰結した。

だから終演後にカーンの言葉を読んで、「お・ん・な・じ・じゃ~~ん(はーと)」とちょっと嬉しくなった。(アホ)

あと、もうひとつ、喜びに近いものを感じたのは、、、
「自らの個人史に真っ向から対峙した」作品であるというポイント、、、
カーンの二つの母国(バングラデシュと英国)のこと、彼の生い立ちにまつわること、個人的なこと、
個人的なのに、いや個人的だからこそ、これほどに力強い作品になるのかな、と思った。

そのことが何故、「喜びに近い」のかというと、
私自身が歌を歌ったり、なにか他の表現方法で人に何かを披露する際にも、
その何かは「個人的」であってもいいのかな、
だからこそ強く伝わる(伝わる人には)こともあるよね、きっとそうよね、
と勇気をもらったから。

私が今まで作った歌には、個人的な思いから出来たものもあれば、何か他所から着想を得てお話をでっち上げたものもある。
「でっち上げた」とはいっても、私が普段から考えていることが含まれていたりするんだろうけど、、、
個人的な思いから出来た歌については、もうあまり歌いたくないと思ってた。
自分では結構好きだけど、曲はイイと思うけど、なんか痛すぎるんじゃ、、救いがなさすぎるんじゃ、、「え、このコ、実はこんなにネクラ?」とか思われたくないし、、とか考えて、、

…この辺のモヤモヤな思いは上手に文章にできないし、頑張って文章にしなくても私がこれから演ろうと思ってるライブやらなんやらで体現させればいいのだろうと思うので、中途半端ですがこれで感想は終わり。

DVDになったら買おう、”DESH"…メイキング・ドキュメンダリーのDVDももうオーダーしてしまった…
by agatha2222 | 2013-01-27 14:14 | Other | Trackback | Comments(0)
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