脱線:じゃあ、ブラジルは?

「考察というほどでもないが」シリーズからは話が逸れるのだけど、、、

インド・ラブ(ってほどじゃないな、まだ…)についてばかり語ったので、
もうひとつ、私にとって大事な「ブラジル音楽」への出会いについて、少し書きます。

自分のライブでは、オリジナル曲とMPB(ムジカ・ポプラ・ブラジレイラ)、とくにワタシが最も好きなブラジル人歌手、Elis Reginaが歌ってた曲のカヴァーとか弾き語っているので、全然まだまだ知識は浅いのですが、「ブラジル音楽」に足をつっこんでいることは確かです。
いや、まだまだこれから勉強さしてもらいまっさ、という態度でいるのですが。

音楽の場で出会った人々に、「MPBを始めたキッカケは?」と尋ねられる機会も多いので、すこし思い出話を。

…なんだかこのブログのネタは、ワタシの思い出話や考えていることが多いですね。ワタシは、自分のことを「理解されたい」のだと思います。その事実を、否定しようとして「自分」なんてないさ、シャララ~ンと生きていた時期も(シャララ~ンって何?)ありましたが、根本的なところで自分は変わっていないのだな、と最近思います。余談。

徹底的に遡れば、「ブラジル音楽」との出会いは、18歳の頃、某ディレクターに自作曲の批評を貰ったり、聴いておくべきアーティストのアルバム等のアドバイスを頂いていたのだけど、
その中に、小野リサ、があったのです。
初めて買って聴いてみたのはアルバム「DREAM」。
文句なしにカッコいい!(ワタシにとって)新しい!と思いました、そのサウンド。
が、まだその頃のワタシにはボサノバの複雑に思えるギターコードを正面から勉強する「意気地」がなく、「なんちゃって」ボサノバソングを作って録音したりはしたものの、今から聴きなおせば色んな人に(ブラジル音楽関連のww)一喝されそうな「なんちゃって」ぶりに気恥ずかしくなっちゃう。

「DREAM」のサウンドがカッコよく、包みこまれるように心地よい小野リサさんの唄声には大いに惹かれ、その他のアルバムも何枚か聴いてみたけれど、「DREAM」以上に良いと思えるアルバムには出会えず、、、
小野リサの他には、セルジオ・メンデスとか聴いてみたり。
その程度の関わりしかもっていませんでした。

で、時は流れて21歳くらいの頃、東京で「メヲコラソン」に出会いました。
メヲコラソンのお二人がニューヨークから帰国されて直後の頃です。
ライブに行くたびに進化している演奏、完璧な歌、パフォーマンス、
「ブラジル音楽ってシットリゆったりしたボサノバ、だけじゃないんだ、ジャカジャカやってるだけの(こんなこと言ってる時点でわかっちゃいないのですが、ワタシ)サンバだけじゃないんだ、こんなにエキサイティングであり得るんだ」、とそこで知ったのです。
オリジナル曲も好きだったけれど、カヴァー曲もなんとも「心踊る」モノばかりで、
あの曲は何だろう?とCDを探してみたり。

で、大いに浸ったものの、その頃のワタシは、自分の作る楽曲と自分自身をいかに「商品」としてプロモートしていくか、その頃師事していたボイストレーナー兼プロデューサーの元で、「纏め」の段階に居たので、自分の純粋な興味の赴くまま、新しい音楽に首をつっこんだり、新しい曲を作ったりすることは文字通り「禁じられて」いたので、、、
ブラジル音楽の前に私は「観客」に徹しておればよい、自分は自分の世界を纏めてこれから日の当たる場所(?)に出るんだー!と思っていたんです。
そんな思いにしがみついていました。
その後、崩壊しちゃうんですけどね…。

で、ま、「いろいろ」あってワタシは崩壊してしまい、
崩壊していたところに父親が(私にとっては)突然にして亡くなり、
尻尾巻いてイナカに帰ったのです。

イナカに帰ってからも、音楽は自分にとって唯一、情熱を注げるモノであったので何らかの形で続けようと努力はし続けていたのですが、
その上でも何か「新しい」ことに挑戦する必要がありました。
それまでに書きためた曲を、これからはガットギター一本に絞って(それまでは、ピアノとギターと、半々くらいで曲を作っていたので)ちゃんと弾き語りできるようになろう、という目標の他に、
「新しい」ことに挑戦する目標というかモチベーションが、前向きに生きていくために必要だったのです。

新しい曲を作る気には、なれなかったし。
父親が亡くなって、それまで自分が、いかに自分のことしか考えていなかったか、ということや、父や母が自分の知らない間にいかに苦しんでいたかということを知り、自分がホントに嫌になり、
「自分」ってなんぼのもんじゃい?と。
ただただ、生きるために、家族といっしょに「前向きに・幸せに」生きようと決めたため、
深く考えつめたり、妙に「アーティスティック」な自分の脳ミソの部分を閉じてしまった。
自分が嫌になる、だけで歌が作れなくなるには十分な理由にはなるよね。
その後、ぽつりぽつりと書くようにはなるのだけど。

幸い、地元とはいえ16歳までしか居なかったイナカに友達は一人もおらず。
新しいことを始めても、下手くそでも、別に誰に対して気後れもない。
ある意味まったく新しい環境で、しかも「イナカ」なのでミュージシャンもほぼみんなアマチュア、
温かくて狭いコミュニティの中で自分の居場所を確保することができた。

はじめは、ボサノバ・スタンダードの曲をレンタルCDとウェブ上で拾った歌詞カードとコード表を観ながら練習を始めたのだけど、
ある程度慣れてくると、一部の超絶的に美しい曲を除けば、ボサノバのゆっくりとした曲は自分で演奏してて自分で眠くなるようになり…、、
やっぱりワタシはエキサイティングな、一人で演ってても背後にはズンタカジャカジャカとリズムが鳴りまくっているような、Elis Reginaとかの曲が演りたい!と思って耳コピ&ウェブ・カンニングを始めたのです。
そんな歌を家で弾き語るようになると、母親が「やっと明るい歌を歌うようになったねぇ」と喜んでくれた(笑)

色んな人のチカラを借りて、しばらくは一人で活動していたのだけど、そんなワタシのブラジル傾倒っぷりと、自作曲を気に行ってくれるドラマーと「バンドやろうゼ!」という話が進み…
ベースは、ウッドベースを弾ける和歌山では数少ないべーシストのおっちゃんにラブコールを送り続けていたのだけど、既存のバンドがあるからということで一年ほど待ってから加入してもらえることになり、
ワタシにとっては、初めてステディな「バンド」を組むこととなったのです。
本当に夢のような話でした。
二人とも、人柄も満点で。
面と向かって礼を言ったことはないのだけど、
その頃の私の人生を明るくしてくれたのは、また「ライブ」を自信もってできるようになったのは、このバンドのお陰だと思ってます。
崇君、ちゃぼさん、ありがとう。

このバンドは、ワタシが26歳で結婚して、海外へ引っ越してしまうまで続きました。
そこでワタシの音楽ライフは、意図せずしてプッツリ切れてしまったのです。

で、去年12月から再スタート。
12月初旬、某ブラジルコミュニティスペース・Aparecidaで(ちゃんと準備もしないまま、、)歌ったところから。
ちゃんと、年をとっていた。
ワタシの時計も、止まっていたわけではなかったな、と感じた。
Aparecida界隈の方々、これからも、よろしくお願いします。

あ、そうだ、4/28(日)はそんな西荻窪Aparecidaでライブだよ!
今井歩さんとのタイバンだよ!
超ハイクオリティな音響環境を用意してくれるって話だよ!
全員集合!!
(ちゃっかりと宣伝♪)
by agatha2222 | 2013-03-22 05:20 | Other | Trackback | Comments(0)
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