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サラヴァ東京"Show Case"レポ①

うそ、全然レポートじゃない、これは、ただ思ったこと。。。
3/26、渋谷はサラヴァ東京という素敵なお店のオープンマイクイベント(要・事前エントリー)に参加させていただきました。
超絶楽しかったです。沢山笑かしてもらいました。

イベント・ホストのソワレさん、ゲスト司会者&審査員?の坂本ちゃん、シャンソン歌手のケンケンさんをはじめ、沢山の「おネェ」さま達に出会いました。

これまた最近考えていたこととリンクして、この夜は、偶然?必然?と感慨深くもあり。
有難く頂いた「アンコール」では、その思いとリンクしたオリジナル曲を歌わせてもらいました。

「おネェ」さま達、と一括りにするのは失礼かと思うけど、、、
ホモセクシャルとは、もう一つの性のあり方、というか、拡大解釈するなら、「(大多数の)人と違っていること」。
相手・環境によっては、受け入れてもらえないかもしれない、自分の中のある「目立つ」要素。
その葛藤を乗り越えてきた(もしくは乗り越え中)という事で、彼ら/彼女らは何かを学んでいると、
そのことだけで、私はプラスアルファの敬意を感じてしまう。

これまた何度も何度もその名前を出しているわりに誰も「あー知ってる、いいよね!」と言ってはくれない振付家/ダンサー・シェルカウイも、ホモセクシャルです。

(…シェルカウイはこの五月にパリ・オペラ座バレエ団(世界三大バレエ団のひとつ)のトリプル・ビル公演の為に、ベジャール、ニジンスキーに並んで「ボレロ」を新作振付とのこと!!ダミアン・ジャレとの共作。もはや時代を代表するコレオグラファーだ!!っと叫んでみる。だから何?って?)

そんな個人情報、バイオグラフィを知る前に私は彼(シェルカウイ)の作品/世界にハマったのだけど、(ハマったからそこまで知ろうとしたわけで)知ったところで、そのようなバイオグラフィは彼のモノの見方に大いに影響して、それは作品に現れている、そんな部分にも私は惹かれているのだなと思った。切っても切り離せないものだと。

じゃあどんな、バイオグラフィ?ということで彼のインタビュー内容等をすこし要約して引用…
(正しく訳・引用できているのかとても不安…)

 フラマン人(ベルギー)の母と、モロッコ移民の父の間にベルギーに生まれる。
 15歳の頃に両親は離婚、母の元に暮らし、本格的にダンスを始める。

「四歳上の兄は父にとって"本当の"息子だったけれど、僕は父の望む息子ではなかった。その分、母はより僕に愛情を注いでくれたように思う。そんな三角関係?は僕のモノの見方に大いに影響を与えた」
「アラブ人の名前のせいで、クラス替えのたびに自分の生まれについて周りに説明する必要があった」
「いつも兄のお下がりを着ていたため、僕の服装はダサくて、それがイヤで、どうにか周りと同じように見えるようにと努めたけれど、うまくいったことはなかった」
「…ある時期は、"よし、僕は一生勉強だけして過ごそう"と考えたよ、なぜなら男の子に恋することは許されないことだったから。それは僕の両親が、僕が住む町の誰もが、望まないことだったから。」
「...ヒトとしてのある要素(特徴)は、別の要素(特徴)をよく脅かす。本来は、それらの要素(特徴)は独立していて全く関係がないのに。たとえば、僕は学校で良い生徒だったけど、アラブ人だから泥棒かもしれない、とか、"彼は正直で親切なイイ人だけど、ホモだからねぇ..."とか。」
「僕は"理解されたい"のだと思う、理解された上で、賛同を得られないなら、それでいい。ただ"理解してもらう"ということは、僕が試み続けていること」


長々と引用しちゃってごめりんこ、なんだけど、
それから何を私が考えるかというと、

こんな状況、はさぞ居心地が悪かろう、と。
しかし、居心地が悪いから、どうすれば居心地が良くなるか考える、
自分のことを理解してもらえないなら、どうすれば理解してもらえるのか考える、
理解してくれない人は、なぜ理解してくれないのか、相手の立場に立って考える、
反対側の立場に立って考えてみる、
そんな、色んな視点から物事を見る、というような考え方が身につくのではないか、と思う。
身につけてそれを生かす前に、クサってしまう人もいるかもしれないけれど。

「...ヒトとしてのある要素(特徴)は、別の要素(特徴)をよく脅かす。本来は、それらの要素(特徴)は独立していて全く関係がないのに。たとえば、僕は学校で良い生徒だったけど、アラブ人だから泥棒かもしれない、とか、"彼は正直で親切なイイ人だけど、ホモだからねぇ..."とか。」

この話は、私自身にも重く響く。
私は、自分のことは受け入れられたいと思っているくせに、
「こういう奴は嫌い」とか、
「何人(ある国民性として)は嫌い」とか、
口に出さずとも思っていることが、思ったことが、ある。
そりゃ、好き嫌いはある。

でも、よく考えれば、
もう一回り大きな輪で世界を取り巻いて見つめてみれば、
他人を許せない(=嫌い)、ということは、
自分をも許せない、ということ、
なんだと。

話がデカくなってしまうけれど、最近考えていたことの一つが、
「無条件の愛」について。
インドの言葉で言うと、「プレマ」というそう。
執着ではない、怖れや損得勘定の伴わない、絶対的な愛について。

これはインド起源の考え方だと思うのだけど、
私が観ているこの世界は、自分の心(思考)が映し出しているだけにすぎない、
出会うものすべては、世界は、鏡に映った自分自身、
だから、この世界は私そのもの、
(外の)世界を愛せなければ、
自分をも愛せなくなる。
自分が幸せかどうか、不幸せで寂しいかどうかは、
愛があるかないか、であり、
愛とは本当は「プレマ」なんだと。
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by agatha2222 | 2013-03-27 14:03 | Other | Trackback | Comments(0)
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