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結び目たちを臨んで(乱文)

Kate Bushが35年ぶりにライブを演るそうですね。

シディ・ラルビ・シェルカウイのインタビュー記事を読んで思ったことをダラダラとツイッターに書いたので、纏めつつ(嘘、纏まってない)加筆します。
前にもこんな話は書いたと思うけど…


思えば私が一番初めに、「ポップミュージック」に惹きつけられたのはKate Bushがきっかけだった。

中学生の姉がたくさん聴いてた90年代の主にイギリスのポップス/ロックの中で初めて『これずっと聞いてたい』と強く興味をもったのが、Kate Bushの"the Red Shoes"という曲だった。

歌のなかに全てが、物語が(あとから知ったが)ダンスがあって、小学生の私がそれまでに知ってた、カッコつけてるだけ(に思われた)和洋のポップスとは違うと感じた。
英語はまったく読めなかったけど。

その後、17歳になって昔のクラスメイト(高校は既に退学)から、『題材はなんでもいいので演劇のための脚本をかいて』と頼まれて、これまたKate Bush のデビュー曲のタイトル(=題材)である『嵐が丘』で演劇をつくると決めた。エミリー・ブロンテの原作を読む前に(だって長いんだもん)。
結果は、70分の舞台で、音楽は一部除いて全て生演奏で、スコアも全部作った。
それだけ換気させるパワーをもった楽曲というのがすごい。

その後月日が流れて30歳になって、音楽から離れていた時に#SidiLarbiCherkaoui の『TeZukA』(コンテンポラリーダンスシアター作品)を観て、自分の中で眠っていた情熱が起き出したような(=いくぶん不安な)気もちになった。

そのCherkaoui がKateBushの長年のファンだと知った時は、、
なんか、嬉しかったなあ。11歳の頃までタイムスリップしたような。

11歳、小学五年くらいの頃って、自分の中で一つの区切りだったように思う。
大人の階段のぼりはじめた、とでもいうか。
小学五年の11月にそれまで習っていた(練習しなかったけど)バイオリンの発表会を終えて、レッスンも辞めた(どうせこれからも練習しないから…)ことで、

さあこれでさらに思う存分、音楽で遊ぼう!と(バイオリンの練習という義務はなくなったので。あってもやらなかったけど…)、ピアノを弾いたり家にあったボロいクラシックギターを触り始めた。
姉が好きだったイギリスのバンドの物まね(もちろん空耳アワー英語で)をしたり、
ギターで「コード」のようなものを発見したり、、

自分で歌を「作ろう・作りたい」と思ったのはその後、中学二年生でthe Beatlesに出くわしてからだ。


音楽のほかには、11歳から水泳を始めて、14歳(で挫折する)まで頑張って取り組んだ。
始めたのが遅かった分(6歳の時に一度始めたものの、中耳炎が治らずにすぐ止めた)、根性の入れようはハンパなく...
思い返すと、自我の目覚めのような時期だったのかな~11歳。



脱線したが話をKate Bushに戻すと、
音楽から離れていた時に、その代替にと習い初めたバレエも、イメージは『the Red Shoes』(同名のバレエ映画も有名)の中にあって、もしバレエを始めてなかったなら、ダンサー/コレオグラファーであるシェルカウイに出逢うこともなかったかも。

こういうコネクション(=結び目)を臨み見てみるとおもしろい。
初めからシナリオがあったかのようにも錯覚する。


さらに、バレエからつながったことは計り知れないほどにある。
とくに身体への意識、身体と精神の繋がりに対する認識は驚異的に深まった思う。
もう殆どレッスン等はできていないのでおおいにたるんでいるのだけど、
一度身に着いたことは消えない、という自信も身に着いたんだなあ。

シェルカウイはインタビュー記事のなかで、「ここ数年ピアノを練習してて、Kateの曲の弾き歌いを試みてるよ」と語ってた。そういうのステキだよなー。


そんな呟きでした。(ごめんあそばせ)
by agatha2222 | 2014-04-09 15:23 | Other | Trackback | Comments(0)


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