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「スートラ」を熱く(るしく)語る

10/1
シディ・ラルビ・シェルカウイ(振付・演出・出演)×19名の中国少林寺の現役僧侶×アントニー・ゴームリー(美術)の「スートラ」@オーチャードホール、観てきました。
わたくしによる予告編はこちら)
胸いっぱいで渋谷から歩いて帰りながら、色々考えた。

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この作品はDVDを何度も観てはいたけど、はじめて生で観てエネルギーを肌に受けて、あとパンフレットに森山未来が書いてたことを読んで(=主人公は少林寺の少年僧と一緒に旅をする)、やっと解った、というかしっくりと自分の中に収まったように思う。

「スートラ」は、ラルビの複雑緻密・カラフル万華鏡!が常の作品群の中では(比較的)シンプルな作りだと思う。
あくまで武僧たちが披露するのは彼らの少林寺拳法の演武で、ダンスを踊るわけではない。
とはいえ1個重さ30キロもする木箱を様々に用いながら、パズルのように空間を次々に展開させていく舞台は他には何処にも無いものだし、武僧ひとりひとりが他者とのタイミングを測って(例えば動きをずらしたりして)魅せる造形美も、彼らが元々パフォーマーではないことを考えると驚異的だと思う。
そして描かれた物語は多層的で、様々な解釈を許す、、、というか考えさせられる。


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(↑終演後のカーテンコール)



以下、私の勝手な解釈…とりあえず一気に書いてみる。
(ネタばれ含みます。)

ラルビ演じる舞台上の「その人」(=アウトサイダー)は、西欧世界の象徴として、アジアの国で「彼ら」(=武僧たち)を支配し(舞台脇に並べた木箱のミニチュアと指先で「彼ら」を操るように)、戦争させ、領土を奪い、難民を生みだし(逃れるようにボートに押し込まれる「彼ら」)、結果的にはしっぺ返しを受けることにもなる(ドミノ倒し)。

しかし一方で、「その人」はラルビ自身が東洋哲学(開いてゆく蓮の花のつぼみ…)に惹かれ仏教を実践していったように、少年僧を案内人として「東」へと精神的な旅をする、、(壁を、扉を叩いて城塞の中へと入っていく)

この少年僧は、「彼ら」と「その人」を繋ぐ橋渡し的な存在にも思える。
これは若い世代に=未来に希望を持っている、という意味もあるのだろうか。

「その人」は「彼ら」に混ざろうとしても明らかに異質の存在(箱も、「その人」のものだけ木製ではなく金属製)で、なかなか溶け込めず、はじかれてしまう。

「その人」は自分の箱の中で、怯え、どうにか外に出たいともがいたり、難儀そうに箱を引きずって歩いたり、ひきこもっているように見える。
まるで、ラルビ自身が子供のころに押し付けられ、そして自分を受け入れてくれなかったイスラム教やキリスト教の規範とは別の何かに、自らの生き方を求めようとしている様子にも見える。
(箱は、個人の与えられたパーソナルスペース(もしくはテリトリー?)を表しているとラルビがアフタートークで語っていました。)

エモーショナルな手の動き、表情(特に小さな子供が訴えているような切実な目の表情とか…)は彼のダンサーとしてのかけがえのない魅力で、心に突き刺さるものがあります。
(あと群を抜いた関節の柔らかさが可能にする液体のような動きの質感も)

彼自身が少林寺拳法の動きをやる時も、(本人がそう語っているように)彼はあくまでダンサーとして、その動きを行っている。指先にまでエレガンスと、感情が見えます。

舞台の最後の方で、ラルビも「彼ら」(=武僧)に混じって少林寺拳法の動きをやる場面があるけれど、これも「(同時多発的カオスな)全体の中で明らかに彼の動きだけ異質だけど、全体として観ても、良いよね~」というのが感想。
この辺からこの舞台のメッセージというか着地点が、匂ってくるんだけど、、、
(後で言葉にできるかな・・・今は匂いだけ・・・)

実際、インタビューでは「少林寺の動きをマスターするのは物凄く大変で、何時までやっても無理なんじゃないか、と思った」と語ってたくらい、ダンサーとしてのラルビにとっても大きな挑戦だったらしい。

あと、これも最後のほうで「彼ら」の衣装が伝統的なものからスーツに変わっているのは、「彼ら」の世界にも西欧文化が浸透していっている現実を反映してのことなのかしら。
「我々がイメージとして抱いている大昔の少林寺ではなく、21世紀の彼ら、生身の青年としての彼らを伝えたかった」とラルビがこれもアフタートークで語ってたこともあるのかな。
スーツ姿でアクロバット!もカッコ良いです。


そして美しい音楽!
ポーランド人のサイモン・ブロゾスカによる作曲&ピアノと、チェロ、バイオリン×2とパーカッションという生演奏は、それぞれがモニターで舞台上の武僧たちの動きを見ながら、それにタイミング、ダイナミクスを合せて演奏しているらしい。
ダンサーは音楽に合せて踊るのが普通だけど、武僧たちの「内側からエネルギーを生みだす」リズムは毎日異なるので、ミュージシャンが彼らに合せるしか方法がなかったとか。
(サウンドトラックCDが欲しいってツイッターに書いてる人がいるから、「ここ(EastmanのHP)で買えるよ!」っておせっかい言おうとしたら…売り切れてる!)

美術担当のアントニー・ゴームリーはイギリスの彫刻家で、今回の前には2005年のスーパー傑作、バングラディシュ系イギリス人振付家、アクラム・カーンとの「ゼロ度 Zero Degree」(これもアマゾンUKとかEastmanのHPでDVD買えます)でもラルビとコラボレーションしてます。
ちなみにアントニー・ゴームリーも本格的に仏教を学んだ人です。


DVDに収められている2008年5月31日のパフォーマンスからは、新たな演出や細かな変更点など幾つか見つけられた。
19人の僧侶たちは8年の間に新しいメンバーが加わったり、古いメンバーが僧侶としての生活に戻るためにツアーを離れたり、また戻ったりとだいぶ入れ替わったそうで、2008年と比べると見たかんじ若いメンバー(メンバーって呼ぶの変かな)が増えたみたい。
正直な感想としては、DVDで観られる2008年のパフォーマンスの方が、よく締まっていると思った。
(でもこれって当然のことでもある…。
何カ月もクリエーション&リハーサルを続けてきてからホームで行う公演の方が、おそらくだいぶ久しぶりに遠い外国でやる公演より勢いも出るかと。
あ、遠い外国というなら僧侶たちにとってはイギリスのサドラーズウェルズより日本の方が近いし時差もないけど。)
だからってケチ付ける気は一ミリもありません。


そろそろ纏め的なことを書きますと、「スートラ」に限らず、私が観たいくつかの彼の作品はどれも、ダンスと音楽(生演奏であることが多い)が深く結びついたエンターテイメント性の高い舞台の中に、問題を抱えた現実の世界・地球が見え、さらに(少なくとも私にとっては)個人的なレベルでも観る者の(迷い多き)心に深く共鳴するというか。
物凄く素晴らしい作品であるだけでなく、自分にも関係している(と思える)作品であるから、外国まで追いかけても観に行きたくなるんです!!


ちなみに、ラルビの名字「シェルカウイ」(ラルビの父親はモロッコ人、母親はフラマン人つまりフランダース=オランダに近い方のベルギー人)は「東からきた男」という意味で、彼のカンパニー名、Eastmanもそれに由来しているそうです。
(インタビューでも、「自分が東洋文化に惹かれ、居心地の良さを感じるのも、もしかしたら遺伝的な要素が関係しているのかもしれない」と語っていた。)
名前(名字じゃないほう)の「シディ・ラルビ」は訳すと「ミスター・アラブ」みたいな意味らしい。
顔立ちやとても白い肌とか、見た目はベルギー人ぽいのに名前は「東からきたアラブ人」というあたりも、異文化を繋いで傑作を作るアーティストとして象徴的だなぁと思う。


今日は眠れないな・・・
by agatha2222 | 2016-10-02 02:25 | Dance | Trackback | Comments(0)
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