7月21日、東海亮樹さんが亡くなった。48歳。
深川のブックカフェ&イベントスペース「そら庵」のオーナーで(店主は奥さんの明子さん)、共同通信文化部の記者、深川を舞台にした映画「小名木川物語」プロデューサー、地域情報誌「深川福々」編集長にしてWebRonzaで書評を書く、またの名を哲学漫談の「深川亭ポレポレ」、すさまじい知識量と洞察力、反骨精神を備えた巨人でした。 とてもお世話になった、の一言ではどうしても済ませられない存在でした。 急なことすぎて、未だに信じられない。 そら庵でのイベントは毎回ほんとに楽しかった。場所と人が好きだから。 打ち上げの席ではしばしば、東海さんとはテーブルの両端で笑顔のディスりあいをさせてもらった。 関西の「けなし」文化で育った私としては、ぼろカス言われると嬉しくて機知のかぎりを尽くして言い返したくなるのです。 (ぼろカス言うと言ってもそこには絶妙なバランス感があってこそのことです) ディスりとはいえあくまで本当のこと(痛いトコ)を突かれるので、「くそー言い返せねー」と思いながらも、だからこそ、もっとああしよう・自分の足りないところを補おうと後から思えたり、実は結果的にとても為になったこともあったりして。 他にこんな人は居ません。 これから私はどうしたらいいんでしょうか。 「そら庵」でお世話になっただけでなく、他でも沢山ご支援を頂いた。 小学生の頃に伸びの止まった画力ながら、新聞の連載コラムに添えるイラストのお仕事も頂いたり。(おかげで欲しかった機材が買えたのです) 私の気合いの入った企画公演にも「あんまり音楽にはキョーミないんですよ」といいつつもご夫婦揃って観に来て下さったり。 記者/文筆家ならではというか、感激するような感想(というか評というか)を書いて下さったり。 東海さんは記者ゆえか人の話を聞き出すのが上手というか、人に興味がおありなのでしょう、気がつけば私は親友にも話したこと無い家の話や自分自身のプライベートなどをべらべら話してたりして。それは言葉の背後にあることまで聞き漏らさず(そして一度聞いたら忘れず)くまなく理解し、私の理解以上のことが返ってくるから、私は心のどこかでああわかってくれる人だ、必要なヒントをくれる人だと思っていた。 「どんぱん節」に過去の思い出(ある事件)を元に歌詞を書いたとき、あれは何の事件かと問うてくれたので話したら、その24年前の事件についてもご存知でさすがと驚いた。その上で、「あがささんはまだ過去の清算が済んでないのでしょう、もうどうでもいい・のりこえたと頭では思っていながら本当はそうではないから、このような作業(ルーツを調べるとか、それを唄にするとか)が必要なんじゃないか」というようなことを話してくれ、そこから自分の表現欲求について改めて気づかされたりして。 言いすぎかもしれない?けど、どこか心の拠り所のような存在だったわけです。 2015年の9月に「そら庵」が閉店してからはすこし機会が減っていたとはいえ、私はしばしば、お会いしたい、話したい、いろいろ指摘されたい、新聞記者ならではの面白い話を聞かせてもらいたいと思っていたし、会えたらやっぱり毎回とても楽しかった。(ぱっと見は無愛想なんだけど) そんな思い出がたくさんあります。 7月17日は東海さんがプロデューサー・編集者として、大西みつぐ監督と深川界隈の仲間とともに4年の歳月を費やしてやっと今年完成した映画、「小名木川物語」を初めて観にいったのです。 その時はもう病院で目を閉じたままでお会いできなかった(その時は知らなかったけど)。 映画の感想を伝えられなかったのが心残りです。 7月25日、お通夜に参列し、たくさんの友達と東海さんの思い出について語り合って、泣いたり笑ったりして、追悼のカタチについて話して、棺の中のお顔を覗き込んで(顔でかいなぁ...)、ってしても、それでもまだ、信じられない。 個人的な話をすれば、この5月の末には8年間お世話になった(私を雇ってくれた)職場の上司が闘病の末に亡くなったところだった。享年44歳。 死は自分では経験したことがない。輪廻転生してるかもしれないけど前世のことなどは覚えていない。 だから「実感」は直接自分にかかわるところ、「あーこんなときあの人が居てくれたら」と思うようなシチュエーションでしか、得られないのかもしれない。 ああそうだ、もう居ないんだ、訊けないんだ、と。 後悔や罪悪感は、ある。もっと役に立てたかもしれない、もっと話したかった、長い付き合いなのに何も知らないな、、とか。 後悔や罪悪感を奥底に踏みつけて、遺されたご家族と自分をダブらせて色々感じようとしてみたり。 7月14日は佃島の念仏踊りに参加して、23日にも八幡神社で盆踊りのイベントに行った。 踊りの輪の中でたくさんの人がトランスし冥土と繋がる・・・、というような話はよく聞くけれど、 やっぱり私には解らなかった。死者も冥土も感じられなかった。 (楽しくなかったというわけではない) 私の心(か何か)が閉じているから解らないのか。
この世とあの世の境目、そんなこと、よく考えます、本で読んだりもします、でも、ほんとうは何もわからない。 故人はあなたの一部となって生き続ける、と言うけれど、それは故人があなた(私)の中で荷っていた役割を自分で請負うということで、決意と努力が要るのだろう。故人の記憶を頼りに。 なんて言えばいいのか、わからないけど、ありがとうございました。 乱文お赦し下さい。
by agatha2222
| 2017-07-28 18:18
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by あがさ カテゴリ
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