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エーーーーオ!

映画「ボヘミアンラプソディ」、観てきました。
SNS等での評判のとおり、最後のライヴ・エイドの完成度は凄いですね。
ハンドダブル(手元のアップを移す時だけ代役を務めるミュージシャン)も無しで俳優が全部楽器も弾いているらしいので、音は別としても、凄いです。
映画の最初の方で登場人物が出そろうあたりでは、ロジャー・テイラーはもっと可愛いのにとかジョン・ディーコンはずっとジョン・ディーコンの顔真似(口を閉じて口角を左右に引っ張り大きな笑顔を作る)を大袈裟にやり続けているように見えるな(というよりこういうお顔なんだと思いますが)、などと私の中にも小さな「ケチつけおばはん」が居たのですが、だんだん彼らがクイーンそのものにしか見えなくなってました。

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なのですが、映画が始まって30分後くらい?アルバム「オペラ座の夜」のレコーディングをしているあたりから?二時間程、ずっとトイレに行きたくて悶えました。
なぜ嬉しそうにコーラのLサイズとか買ってしまうのか…?!
2年前にビートルズのドキュメンタリー「エイト・デイズ・ア・ウィーク」を観た時も最後の30分、シェイスタジアムでのライブ映像を観ながら同じく悶えた記憶がよみがえりますが、その比ではないトイレ行きたさでした。

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余談だけど、エンドロールで映像技術者のクレジットにGEORGE HARRISONという人の名前があったんだけど…
誰か見つけた?


あとライブ・エイドもだけど、"I Want To Break Free" PVの完成度にも悶えました。




あとあと、「オペラ座の夜」のレコーディング中に"I'm In Love With My Car"の歌詞について(タイトルから想像できるかんじの歌詞です)作者のロジャーがディスられ、しつこくおちょくられ続けていたのも我が意を得たりという感じでした。




などなど、思い返せば楽しいシーン、胸アツなシーン、たくさんあったというのに、鑑賞中は早く終わってくれ!!!(漏れないように)としか考えられなかったのが悔やまれます。



というわけで年明けのライブでは、(自分にとっては)いよいよクイーンのカヴァーもなんぞしようかとアレしつつ、、、
おもむろに宣伝です!↓


『弦のかきみしる会 vol.3』
日程:2019年1月10日(木)
時間:開場 19時  開演 19時半
場所:古書カフェくしゃまんべ(王子)
http://ryodan.com/kmb/j_index.html
住所:東京都北区豊島1-7-6

出演:
*わだこ(ホーメイ&イギル/チャンズ)
*あがさ(ギター&ヴォーカル)

料金:1,500円(+1ドリンクオーダー)
予約:agathabeatle(at)gmail.com もしくは あがさまで直接

Facebook イベントページ:
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by agatha2222 | 2018-11-30 14:06 | Other | Trackback | Comments(0)

秋のいろいろ(世界のヤマちゃん)

ライブの宣伝かレポートばっかりなので、たまには他のことも書いてみようと思います。
この秋はちょっと時間ができたこともあって、いろいろとコンサート等に足を運んでおります(つまり遊んでおります)。
いずれも素晴らしい演奏ばかり、、って全部は書いていられないので、そのうちのいくつかをつらつらと。

10/27はヤマンドゥ・コスタのギターコンサート@カメリアホール。
パコ・デ・ルシアをして、ジャンルを超えて「私の後継者」と言わしめた天才、、
一曲終わるごとに割れんばかりの拍手で、最後の曲が終わったら総スタンディングオベーションでアンコールも二回の大サービス。
言葉にするのも野暮なようで(といって楽をする?)、ってかしたくないんだけど、もう最高最高最高!!
あとから熱が出ました!

終演後はサイン会。(ワイン飲んでる 笑)
ちゃっかりと自分のCDも渡したりして…、「わたくしめもギターとか弾いちゃったりするんですがアワアワアワ」と話したら、「だよねー!ミュージシャンの手だねー!」と言って手を包んでくれた!!
もうこの手は二度と洗うまい、鼻もほじるまい、と思ったもののそうも言ってられないので今のうちに(ヤマンドゥの常在菌がこの手に生きているうちに)糠床でも拵えようかとか考えましたが生き物の世話とか出来ない人間なのでやめておきました…。
そういうヤマンドゥの手は特に大きいわけでもなく、むしろ男性としては小さい方?それでも7弦ギターを自由自在に…いったいどうなっているんでしょうか。

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ときにスキャットや口笛(これも超絶巧い)も交えつつ、茶目っけたっぷりなステージでした。この曲はコンサートでも演ってた。"Luciana"




ギターの神であるのみならず、もう、めっちゃ可愛いかったんよ…(反芻)。
世界のヤマちゃん。
(なんか口元の線がおかしなことになってるけど気にしないで↓)
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10/10は、ヴォーカル・アンサンブル・カペラの定期公演@東京カテドラル聖マリア大聖堂。
グレゴリオ聖歌とルネサンス・ポリフォニーによるミサ形式の演奏会、ビクトリアのレクイエムでした。
カペラの定期公演を聴くのもこれで三度目?四度目?
今回は特に大人数での構成(6声)だったとのことですが、なんだか、ぼろぼろ泣きました。

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残響7秒という(ツイッターの知識です)カテドラルの響きもあってか、、この世のものとは思えない美しさ。なんというか、懐かしさがあるんだよなあ。生れ変わって、思うがままの音楽教育の機会を得られたとしても、自分で歌える、もしくは歌いたいとは到底思えないんだけど。鮮やかな和音の展開(もちろんそれだけじゃないのよ)に、鳥肌が立つような、魂の根源みたいなところが揺さぶられるようなというか、宗教の枠組みを超えてというか、なんというか、何言ってっかわかんないけど。
音楽に限らず、何に美を見出すかは人それぞれだと思うんだけど、そういうところから自分のことを、さらには本当にやるべき仕事とかを、、知れないかなあとか、さいきん考えているんです。

カペラの映像もいちおう…ってやっぱり生とは別物なんだけど、、
これはジョスカンのモテット(4声)。



東京カテドラル。
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はい、日付を遡っていってますが、10/7は代官山で猿楽祭。
中世の音楽を演奏するレ・ミュジシャン・バラドゥールの練り歩きを追いかけます。
バグパイプ隊と、テイバーパイプの2セット?ありました。
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プロビーレコーディング、"Within You Without You"でバグパイプとクルムホルンを吹いて下さった近藤治夫さんと、長らく活動休止中?の「ほころび組」片割れでもある酉子さんも楽員なのでした。
練り歩きとあって、音が聴こえてくる方に駆けつけたわけですが、わくわくしました!

で、先日それとは関係のない調べ物でYoutube検索したら、初めにレ・ミュジシャン・バラドゥールがでてきた!笑 なんたる偶然。
これは三年前のようすかな?




で、これはまったくの余談ですが、「代官山」と見て「ディーコン山」と読ませたくなるのは私だけではないと思いますが、ビジュアライズするならばこうです。
(あの、大銀杏のヅラを被ってるのですよ、ヅラはあえて、ずらしてあります。)
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ってツイッターに書いたんだけど全然ウケなかったようなので諦めずに補足しますが、ジョン・ディーコンはQueenでベースを弾いているひとです。
この曲「地獄へ道連れ」もディーコンの曲です!
(もうすぐ映画「ボヘミアン・ラプソディー」も公開だね!)





10/6はドキュメンタリー映画「あまねき旋律」@ポレポレ東中野、公開初日へ。
インド東北部、ミャンマー国境付近に位置するナガランド州に暮らす人々の生活と、今も伝わる作業歌、アフリカのピグミーや東欧の民謡を思わせるその驚異的なポリフォニー、、、
音を聴きに行くだけでも充分価値あります。
(豊かな倍音についうとうとっとしてしまったところもありますが)
農作業や収穫祭のようすをとらえた映像も芸術的というか…、煌めくような美しさでした。

これはオススメだ!!!
ポレポレ東中野での上映は11/2までのようです。





今日のところはこんなところで…。
最後におまけ。世界のチャーリー。
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by agatha2222 | 2018-10-30 02:15 | Other | Trackback | Comments(0)

デロリアンに乗って

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7/25
小名木川の灯篭流しへ。

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with "CT" by my side.

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ここからはあくまで個人的なつぶやき。
父の命日も7月。もう14年も経つので、しんみりするどころかあの人は本当に存在していたのだろうか?というような頼りなげな感覚を抱いてみたりみなかったり。何事にも、いやほとんどのことに対して自分は「実感」の薄いタイプなのかもしれませんが。しらけ鳥。
父が亡くなったとき何を思ったか、感じたか、そこからどう変わらざるを得なかったか、迂闊に書くことはできないのだけど、今日はただ「デスマスク」の思い出について。59歳のうるさい顔のうるさいおっさんだった人が、三十路手前の美青年に見えたこと。
病気で亡くなった父は痩せて、いよいよ死期が迫ると鼻の肉まで落ちていた。横になっているものだから顔の皺は伸びていて、抗がん剤の副作用でグレーだった髪は真っ黒になっていた。毛量はもともと多い。それらの変化で、経帷子を着て横たわる彼は私が実際に見たこともないほど若く、あと美しく見えた。なんとも言えない不思議な感覚。ドラえもんかバックトゥザフューチャーの世界に居るような。写真を見ればわかるが、私が産まれたころには彼は既におっさんの形相を呈していたのだから。なんというか、大じわの多い老け顔なのだ。7歳くらいのころ母に「なんでお母さんはお父さんみたいなおっさんと結婚しようと思ったん?」と尋ねたことがある。恋愛というものはカッコイイお兄さんとするものなんだと幼いころはなんとなく思い込んでいた故の、素朴な疑問だった。お父さんも昔からおっさんだったわけじゃない、というのが母の答えだったけれど。それはさておき、死を前に若返りを果たして、これからどうするんだ?という感じだった。あと数日後には焼かれて灰になる入れ物。魂?が抜けるとこんなにもはっきりと「物」になるのだ。造形物として、焼いてしまうのはもったいないなあ、と思った。形作られはじめてここまで約60年。これ以上のアートワークがあるのかと。せめて写真でも撮っときたい、と思ったけれど、不謹慎かもと遠慮した。遠慮などしなくてもよかった。焼かれた後には、おおきな大腿骨が残った。これも砕いてしまうなんて、もったいないなあと思った。「そのまま持って帰っていい?」って訊こうかとも考えたけれど、まあ持って帰ったら帰ったでそこからどう処分するのか困るのだろうし、墓地埋葬法とか、そういうのに引っかかるだろうと思ってスルーした。そして粉末状になった。しばらく家ではそれ(遺骨)を「ッボーン」(Bは破裂音強めに発音する)と呼んでいた。ニュアンスとしては村上ショージの「ッドゥーン」に近い。不要なディテールだ。それも今はどこにあるのか、菩提寺の納骨堂にあるのか、興味もない。


by agatha2222 | 2018-07-26 13:12 | Other | Trackback | Comments(0)

たなぼたうまうま

7/15
棚から牡丹餅ならぬリードオルガンがうちにやってきたのだ!

じゃじゃーん
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じゃじゃじゃじゃーん
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ロマン溢れるバルブ(ストップレバーと呼ぶらしい)たち。
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幼い頃好きだったミッキー・マウスのアニメで、電子オルガンを弾くシーンがあるんだけど、
「このたくさんあるバルブはいったい何のためのものだろう?こんな楽器いつか弾いてみたいな...まあ夢かな」と思ってたんだよね。(思ってたんだよね、って今の今まで忘れてたけど)






この楽器は、ふろしき研究家のイナバリエさんのご実家から有り難く譲り受けました。
和音の重厚な響きの中に音色の素朴さもあって、なんとも愛おしいものです。
呼吸する楽器って良いですね~。この3日間、讃美歌もどきばかり弾いています。

前々からインド~パキスタンのハルモニウムが欲しいと思っていて、さらには先月新潟の古道具屋でぼろぼろのリード・オルガンを見つけて、その楽器はボッロボロで殆ど音が出なかったんだけど、「あーこういうのも良いよなぁ、(あれば)なんか世界変わるような気がするなぁ」と思ってた翌日くらいに、イナバさんがSNSで引きとり希望者を募ってらっしゃるのを見て、「これは運命」と思って即、手を上げたのでした。

訊いていた尺だとギリギリ!クローゼット半分開けられなくなってしまうな、、、と覚悟していたんですが、実際にはそれよりもコンパクトだったので、まさにジャストフィット。
嗚呼ありがたや!うまうま!

次のアルバムのプリプロ(デモ制作)も、ぬるっと始めているのですが、
この子が大活躍するのではないかと思われます!!!

というわけで、ただの自慢話でした。


by agatha2222 | 2018-07-17 21:55 | Other | Trackback | Comments(0)

どやさレコーズどっっっと混む!

DOYASA! Recordsのウェブサイト、作りましてん!!!

ぜひ見とくれやす。(所要時間3時間の突貫工事)

https://www.doyasarecords.com/


DOYASA! Recordsのひととしての名刺も作りましてん。(I am ビジネスペルソン)
はじめて自分の名刺とか作ってみた。
これでキャッツアイごっことかもできる。
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アルバムは配信でもゲットできるように手配中。
ちゃくちゃく。


by agatha2222 | 2018-05-28 23:55 | Other | Trackback | Comments(0)

お三味線師ランダム

(宇宙戦士じゃないよ、、、って、うー無理がある)

DOYASA! RECORDSからリリースのお知らせを、、、近日中にもできるかと思いますが、今はまだもうすこしの辛抱、、、

そんな最近の三味線おきらく会では、ごぜ歌に挑戦さしてもろてるのでござんす。

先ずは高田ごぜの門付唄「かわいがらんせ」:


歌はシンコペーションだらけ、して、ユニゾらない三味線、
ファンキーだよね~。

この三味線の手、高音弦でリフというかフレーズを弾いて、その休符のタイミングで低音弦、つまりベース音をボンと鳴らす(ってかそのタイミングでしか鳴らせないんだけど)、
きほん二拍子として小節に区切ったらばのはなしだけど、結果的に、一拍目(表)か、一拍目の半拍前(裏)にベース音が入ってる。
ってことで、ランダムさを含んだグルーヴが生まれてる・・・と思うんだな。
、、、とか楽理分析ふうな?話をすると知識の浅さが露呈するのでロティするのでロティ食べたいので、はばかられるんだけど、、、あぁ~んディスっちゃ嫌!


何が言いたいかって言うと、
この「ベース音ランダム入れ」、わたし好きなやつやねん!!!
ってニュアンス伝わるやろか・・・。


例えばこの曲↓のアルペジオとかで、16分音符で全部刻むなかで、フレーズを弾いてないところを親指が鳴らすベース音で埋める・・・ってのを基本パターンとしてやってるんだけど、その低音のランダムさがね、気持ちええと思うんよ。
(と、隙あらばプロビーのアッピールに余念がないわけですが)





ち・な・み・に、チャーリー高橋アレンジの「かわいがらんせ」(チャーリー企画ライブでは定番として演奏してる)は録音してみたこともあるのよ。
録音とミックスは元「音まち千住の縁」理事の伊原さん。
録音場所はなつかしの北千住EAST!
(唄の最後で堪えきれずに噴出してますね、何かを思い出してしまってたんですね)



ロティ食べたい。


by agatha2222 | 2018-03-03 00:39 | Other | Trackback | Comments(0)

フタがあるなら あけてみな

浮かばれる、とはどういうことかしらん。
私は自分のことをもっと正確に詳細に知りたい(知った上で乗り越えたい)と思っているけれど、自分でああなるほど、と思えればそれで充分なのかしら?
こうして誰かが読むことを前提に書くことも含めて、外の世界となんらかの関りを持ちつつ展開していくことを「表現」とするのなら、、、表現してナンボ、自分の中から取り出して形にしてナンボ、とも思う。

でもね、わかってもらいたい病というのがあるでしょう、はたからみててイタいやつ。
あー、これ、イタいのかなー、イタいと思われるの、いやだなー、とか、いちいち(今更?)考えたりもする。

と、なんやかんやゴチャゴチャと、こうした前置きを安全装置がわりに、自分語りをするのであります。
そもそも、誰にもウザがられる心配なく自分語りをするためにブログを開設したというのに、いまだ二重三重に言い訳をしたくなるのは、見せ掛けの奥ゆかしさのせいか、もしくは。


私(達)は、誰に望まれたからでもなく、自らの意思で、あの人とあの人を選んでやって来たのだと、思ってるんです。
それは、数年前に生前記憶を持った子供たちを取材したドキュメンタリー映画(「かみさまとのやくそく」)を観たことと、
30歳くらいのとき母に「よく3人も子供を産もうと思ったね?」と訊いた答えが、「三人目(=私)は計画外!笑」だった、ということに因る。
そのカミングアウト?を受けて、もう子供じゃないので傷つきはしないけど、なんとも言い難いビミョウな気持ちも沸きつつ、むしろ納得というかしっくりきたところもあって。
以下、ビミョウな気持ち
(別にさ、そんなこと言う必要ないよね?いや、でもそう開けっぴろげに話してくれる母は好き、ってか私が訊いたのか。あとこういう話を対等の目線で出来る歳に私もなったってことは喜ばしい。事実については、まあそういうこともあるわいな、でも?本当はデキてくれて有難う~♪♪って思われていたかった?当然のようにそうだと思ってた?いや、そんなことどーでもよくね?ううん、どうでもよくないのかも…←それは子供の気持ちね、子供ならね、でももう子供じゃないし、屁でもねぇわ云々)


はじめは、幼いころから解消されきれない僻む気持ちがわらわらと揺らいでいたのだろうけど、時間とともにそれらの滓が沈んだところで、大事なことに気がついたような。
きっと全部、自分で決めてきたのだと。

自分の命の起源みたいなところに想いを馳せるのは気色悪いもんですけど
親の意思に関係なく着床してやりました!ということについては我ながら頼もしさを覚えたり。
(我?我はどこからが我?いつからが我?)
しかも産まれたときのサイズが産院の記録破り、4.4キロ、55センチというふてぶてしさよ。
まさに、「なまずのように貪欲」←チャーリー高橋地方の慣用句


元々誰の期待も負って生まれてきていないの、
自分のすべきことは自分にしかわからないの、だから、
やりたいようにやったらええんじゃ!!!
と再確認、した。

誰それにこう思われたらいやだ(からこれはしない)、受け入れられないかもしれないから働きかけない、相手がこうしてくれるなら、私はこうしよう…
という思考は、商売がらみはさておき、状況をコントロールしようとしているようで、結局他人に自分の行動をゆだねている、もっと言えば自分の人生の舵取りを他人に(もしくは想像上の他人に)任せているということになる。
傍からみたら、私はけっこう「やりたい放題ちゃん」に見えてるのかもしれないけど、、プライベートマターに関してはそういう傾向があって。臆病者。
他人がどうでるかはその人の問題で、私の問題ではない、から、自分の望み通りにならない結果をも受け入れる勇気をもって、私は私のやりたいようにやる、、
その勇気なくして自由は得られないのだと。
(人の気持ちを慮らなくてもいいとかいう話ではなくて。)
だからさ、やりたいようにやるんじゃ!!!
セルフ・リライアンスじゃ!!!
まあ、去年流行ったアドラー心理学の受け売りも大いにあるのですが、今年の前半はそういう覚悟が訪れたことによって結果的に人と接することとかが楽になってきたように思う。

で、ええと、今日はこんなことを書きたかったわけじゃなかったんだけど、、まあいいや。
本題はまた今度。


by agatha2222 | 2017-08-18 13:00 | Other | Trackback | Comments(0)

東海さんとお別れ

7月21日、東海亮樹さんが亡くなった。48歳。
深川のブックカフェ&イベントスペース「そら庵」のオーナーで(店主は奥さんの明子さん)、共同通信文化部の記者、深川を舞台にした映画「小名木川物語」プロデューサー、地域情報誌「深川福々」編集長にしてWebRonzaで書評を書く、またの名を哲学漫談の「深川亭ポレポレ」、すさまじい知識量と洞察力、反骨精神を備えた巨人でした。
とてもお世話になった、の一言ではどうしても済ませられない存在でした。
急なことすぎて、未だに信じられない。

そら庵でのイベントは毎回ほんとに楽しかった。場所と人が好きだから。
打ち上げの席ではしばしば、東海さんとはテーブルの両端で笑顔のディスりあいをさせてもらった。
関西の「けなし」文化で育った私としては、ぼろカス言われると嬉しくて機知のかぎりを尽くして言い返したくなるのです。
(ぼろカス言うと言ってもそこには絶妙なバランス感があってこそのことです)
ディスりとはいえあくまで本当のこと(痛いトコ)を突かれるので、「くそー言い返せねー」と思いながらも、だからこそ、もっとああしよう・自分の足りないところを補おうと後から思えたり、実は結果的にとても為になったこともあったりして。
他にこんな人は居ません。
これから私はどうしたらいいんでしょうか。

「そら庵」でお世話になっただけでなく、他でも沢山ご支援を頂いた。
小学生の頃に伸びの止まった画力ながら、新聞の連載コラムに添えるイラストのお仕事も頂いたり。(おかげで欲しかった機材が買えたのです)
私の気合いの入った企画公演にも「あんまり音楽にはキョーミないんですよ」といいつつもご夫婦揃って観に来て下さったり。
記者/文筆家ならではというか、感激するような感想(というか評というか)を書いて下さったり。

東海さんは記者ゆえか人の話を聞き出すのが上手というか、人に興味がおありなのでしょう、気がつけば私は親友にも話したこと無い家の話や自分自身のプライベートなどをべらべら話してたりして。それは言葉の背後にあることまで聞き漏らさず(そして一度聞いたら忘れず)くまなく理解し、私の理解以上のことが返ってくるから、私は心のどこかでああわかってくれる人だ、必要なヒントをくれる人だと思っていた。
「どんぱん節」に過去の思い出(ある事件)を元に歌詞を書いたとき、あれは何の事件かと問うてくれたので話したら、その24年前の事件についてもご存知でさすがと驚いた。その上で、「あがささんはまだ過去の清算が済んでないのでしょう、もうどうでもいい・のりこえたと頭では思っていながら本当はそうではないから、このような作業(ルーツを調べるとか、それを唄にするとか)が必要なんじゃないか」というようなことを話してくれ、そこから自分の表現欲求について改めて気づかされたりして。
言いすぎかもしれない?けど、どこか心の拠り所のような存在だったわけです。
2015年の9月に「そら庵」が閉店してからはすこし機会が減っていたとはいえ、私はしばしば、お会いしたい、話したい、いろいろ指摘されたい、新聞記者ならではの面白い話を聞かせてもらいたいと思っていたし、会えたらやっぱり毎回とても楽しかった。(ぱっと見は無愛想なんだけど)
そんな思い出がたくさんあります。

7月17日は東海さんがプロデューサー・編集者として、大西みつぐ監督と深川界隈の仲間とともに4年の歳月を費やしてやっと今年完成した映画、「小名木川物語」を初めて観にいったのです。
その時はもう病院で目を閉じたままでお会いできなかった(その時は知らなかったけど)。
映画の感想を伝えられなかったのが心残りです。

7月25日、お通夜に参列し、たくさんの友達と東海さんの思い出について語り合って、泣いたり笑ったりして、追悼のカタチについて話して、棺の中のお顔を覗き込んで(顔でかいなぁ...)、ってしても、それでもまだ、信じられない。

個人的な話をすれば、この5月の末には8年間お世話になった(私を雇ってくれた)職場の上司が闘病の末に亡くなったところだった。享年44歳。
死は自分では経験したことがない。輪廻転生してるかもしれないけど前世のことなどは覚えていない。
だから「実感」は直接自分にかかわるところ、「あーこんなときあの人が居てくれたら」と思うようなシチュエーションでしか、得られないのかもしれない。
ああそうだ、もう居ないんだ、訊けないんだ、と。
後悔や罪悪感は、ある。もっと役に立てたかもしれない、もっと話したかった、長い付き合いなのに何も知らないな、、とか。
後悔や罪悪感を奥底に踏みつけて、遺されたご家族と自分をダブらせて色々感じようとしてみたり。

7月14日は佃島の念仏踊りに参加して、23日にも八幡神社で盆踊りのイベントに行った。
踊りの輪の中でたくさんの人がトランスし冥土と繋がる・・・、というような話はよく聞くけれど、
やっぱり私には解らなかった。死者も冥土も感じられなかった。
(楽しくなかったというわけではない)
私の心(か何か)が閉じているから解らないのか。
この世とあの世の境目、そんなこと、よく考えます、本で読んだりもします、でも、ほんとうは何もわからない。

故人はあなたの一部となって生き続ける、と言うけれど、それは故人があなた(私)の中で荷っていた役割を自分で請負うということで、決意と努力が要るのだろう。故人の記憶を頼りに。

なんて言えばいいのか、わからないけど、ありがとうございました。
乱文お赦し下さい。

最後に拙画を。明子さんとのツーショットで。

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by agatha2222 | 2017-07-28 18:18 | Other | Trackback | Comments(0)

When you wish upon the "Starr"

(リンゴ☆にお願い?、じゃないけど)

7月にもなると暑いですね、いとも簡単に夏バテというか内臓稼働率推定6割。
日中は極力外に出ないことにします。

なんとなく前投稿からのつづき。
(文章をまとめる集中力を欠いているのでほんのちょっとずつしかアップできないの…)

七夕の夜には「お歌がうまく歌えるようになりますように~」とお願いしました、、。
(って、願い事って他人に知られたらダメなんだっけ?)
最近やっと、歌が歌いたいとか踊りたいとか気紛れじゃなく思うようになってきて、、。
あと、知りたいことも山ほどに、、、まあ、少しずつ、限りある体力の許す範囲で。
そう思えるようになったからなのか、いや、どっちが先かとか無いと思うんだけど、最近はライブ等を聴きにいっても以前ほど耳に障ることがなくなった。
マインドだかハートだかを閉じておく必要がなくなって、内側からパーンと開いた、というのかな、わかりやすいもんです。
去年の夏至頃からちょうど一年かかったなぁ、「あーもう、このままアレもコレも止めてまうんかもな」と思ったこともあるけど。
で、そんなときもどんなときも、むしろそんなときだからこそ、「びいとるずの神」がいつも傍らにおわしましてわたくしの正気またはアイデンティティまたはインテグレティを保つためのオモチャやお菓子を与えてくれましたとさ!
(うん、この一年殆どびいとるずかプロビーの話しかしてないしね)


とはいえこの一年もただ休んでいたわけでもなくて、自分のコアな部分?に働きかけるということに関して、とても頑張ったと思うんです。
その辺りのことは、いつかちゃんと書ければいいけど。(まあ書けないかな…)
つづく。


で、これはぜんぜん関係ない話なんだけど・・・
ブログ投稿する際に、何かしらの写真・画像を貼っつけないと、SNSでシェアしたときのサムネイルが自分のプロフィール写真ばばーんってことになるのが嫌でね、なにかしら、いつも貼っつけようと思ってるんだけど、、、
このプロフィール写真(photo by bozzo)、比較的ハッキリした顔してるから?プロフにしたんだけど、自分で見てもこの人のパロディにしか見えなくてね・・・、、シラを切ってるわけじゃなくて、ちゃんとハモろうとしているだけなのだけど。


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by agatha2222 | 2017-07-09 23:50 | Other | Trackback | Comments(0)

憂鬱と選択

小康状態を保っていた耳の調子が先週末からまた悪くなり、痛みや内耳が浮腫んでいる感覚があり、この一週間はレコーディングを休んでいました。
譜面やリードシートを作ったり、できることをちょこちょこやるんだけど、けっこう落ち込んでしまった。
そもそも去年の初夏から症状がでて、耳鼻科に行き副作用のそこそこしんどい薬を飲んで療養(ぎみ)生活を送ったところで具合も良くなってきたので、秋ごろからまた、ヘッドフォンを装着しての作業時間を極力抑えるなどの工夫をしながら独りで完結できるレコーディングを再開していたんだけど、(音量や音響環境的に)これくらいならいいかな?と判断したライブ等を聴きに出かけると、時に耳栓を使うなどしても、多かれ少なかれ毎回ダメージを受けてしまう。。。
それでも後から休養の期間を挟めば、状態は回復して、「もう大丈夫かな?あとは気持ちの問題で、ライブとかはじめるのもアリ?」と思えたりもしたけれど、なんというか大きな音に対する耐性みたいなものは低下したままで、もうこの先(悪化することはあっても)良くならないような気がしてきた。
聴こえにくくなっている、というよりも、聴覚過敏、という言ったほうが近くて、以前には平気だった音量でも耐えがたいくらい大きな音、刺す音に聴こえてしまう。
それを放っておくと、聴力が低下していく、、、ような気がする。
ミックス作業等で左右の聴こえかたが違ってきことに気づいて、いよいよ病院へ、、みたいな。

うーん、でもレコーディングはまだ企画の途中だし、匍匐前進ででも完成させたいと思ってる。
今日から諸々レコーディングは再開、休んでたぶん、手ごたえはバッチリ!しかし耳はやばい感じ、、、
で、大きな音の出る楽器のレコーディングのために防音イヤマフ(工事現場や工場で使うような耳のプロテクター)も買ってみた。
自分が弾く分にはもちろん使えないんだけど、役に立ってくれるのでは?と期待してる…。

これ。
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そんなこんなで、暫く、というか年単位の話で、ライブ・コンサートを聴きに行くことは諦めないといけないな、と考えてた。
(あ、でもポール・マッカートニーは先行予約も当選した!!!ので、例え耳栓&イヤマフしてでも行くよ。←何しに来たんだ?って感じにはたからは見えるだろうけど。。。)
ライブに行くことって、音楽を楽しむだけはなく、私にとっては知り合いや友達に会える大事な社交の場でもあるから、それを諦めるってのは世界から遮断されてしまうような感じでもある。
数か月だけ、、とかならまだしも、、だけど。


とはいえ、こういう状況はあくまで自分が作り出していることで、ある意味自分が望んでしまっているのだろう、とも考えられる。
先週も久々に弾き語りライブをやらせてもらったbudspackers(バッツパッカーズ)でも話してたんだけど、こういう機会(病気に罹るとか)でもないと、なかなか人間、自分から必要な変化を起こさないから。
前にもちょっと書いたけど、自分にとって音楽より大事なことに、ちゃんと向き合わないといけないのよね。
あー、わかっているんだけど。。。
宿題をずっとやらないで放ったらかしていたら、とうとう唯一のオモチャを取り上げられちゃったような気分です。
これからどうするやら。
どうにでもなるわ、と余裕な自分も居る。
愚痴っぽくなってしまったけど、そんな近況です。
by agatha2222 | 2017-01-21 23:31 | Other | Trackback | Comments(0)