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2013年3月末までのライブ まとめ(随時更新)

3/9(土) 13:00 open 13:30 start
charge: 1,500 (incl. one drink)

place: 歌舞伎町ゴールデンエッグ
http://www.g-egg.info/top.html

五組出演の土曜おひるイベント、
私の出番は五番目です。
15:50~16:20
→終了しました!

2013年3月末までのライブ まとめ(随時更新)_e0303005_0391077.jpg


3/26(火) 19:00 open 20:00 start
charge: 1,000 yen (incl. one drink)

place: Saravah東京@渋谷
http://l-amusee.com/saravah/

Show Caseというイベントに出させて頂きます。
1組10分、という持ち時間。
私の出演時間は未定です。

イベントの概要↓
http://l-amusee.com/saravah/schedule/log/20130326.php

→終了しました!
# by agatha2222 | 2013-03-26 22:55 | Live Schedule | Trackback | Comments(0)

ドードー巡り

ずいぶんブログの更新をサボったな、と思っていたけど、よくよく見ると前回の投稿から三日しか経っていない。
まったく自分のアタマ時計はどうなっているのやら。

最近、すこし調子が悪くて、そういう時はとくに「(ブログに)自分のことばかり書いて恥ずかしい」とか「馬鹿丸出しだ(アホは別にいいのですが馬鹿はネガティブ)」とか「消してまえ!」とか考えるのだけど、
毎回同じ思考を一周して、最終的には「馬鹿上等!」という結論に落ち着くのでした。

調子が出ないときは、お掃除だ!ということで、昨日は遅い(遅すぎる)歳末大掃除を実施。
白状するならば、去年、一昨年と不測と予測の事態から年末の大掃除は大幅にカットしたため、もろもろの隅っちょとか、かなり汚れていたのです。。。

さらに、以前、ストーブを点けっぱなしで二度寝してしまったがために焦がしてしまった羽根布団の焦げ穴を、やっと修繕。要らなくなった囚人服柄(つまりボーダー)のTシャツでパッチを充てる。

で、掃除のお陰でお手手が荒れまくり。明日はミニ・ライブなのに、爪もボロボロ。(なんとかなるさ♪)
ゴム手袋はあるのだけど、どうもこれを着けての手作業、というのが嫌いというか苦手で。

素手上等!

素手上等といえば、ギターを触りはじめた頃からどうしてもピックを使うことが好きになれなかった(=上手く使いこなせるようにならなかった)ということも同じ嗜好によるのかな、と、
道具を使うスポーツもあまりやってみたことがないし。

で、話は戻って、調子が出ない理由の一つは、先週まで新しい人・旧友含めて沢山の人に会う機会が多かった(つまり遊びすぎ)のでそれなりに(遊び)疲れてしまったのかな、と。
(あ、でもこれからも誘ってくださいネ・・・)
そういうときは、堂々とひきこもる。文字通り毛布にくるまってシェルカウイ等のDVDを繰り返し観まくる。
どうやらワタシはシェルカウイ本人に自己投影してしまっているようだ。

話は流れるままに流れるが、そんなシェルカウイ振付の舞台(本人は出ないですが)「Babel」を観るため、5月に初めてソウルまで行くことにした。
大丈夫かなぁ~、、っとヒヨりつつ、久しぶりの一人旅。
なんせ方向音痴・優柔不断(とくに何を食べるかについて)ゆえ、みっちり計画を立てて、「旅のしおり」を作ることにした。

シェルカウイといえば、彼がダンスを始めたキッカケになったのが、13歳のときに観たKate Bushの「Running Up the Hill」PVらしい。その後も特にダンスの教育を受けぬまま、TVを観てマネするだけで踊れるようになり、15歳からベルギーのTV番組で歌手のバックダンサーとして踊りはじめるという天才ぶり。

ワタシもKate Bushが好きだったので、そういうエピソードがちょっと嬉しかったりして。
で、昨日は思いだしたようにKate Bushの映像をYoutubeで探していて、初めて彼女のデビューシングル「嵐が丘」のPVを観た。

http://www.youtube.com/watch?v=BW3gKKiTvjs

・・・エキセントリックと称されても仕方ないな、、という感想…。
「感想」は書いても「批評」じみたことは書かないようにしよう、とは思っているのだけど、、
だけど、、
寒い。寒すぎる。
ちょっとがっかり。

あらためて観ると、Kate Bushは叶姉妹(姉+妹÷2)に似ているな(Kateは天然だけど)と思う。

…ほんと、くだらないこと書いてるな、じぶん。
いいさ、馬鹿上等!!
# by agatha2222 | 2013-03-25 17:24 | Other | Trackback | Comments(0)

脱線:じゃあ、ブラジルは?

「考察というほどでもないが」シリーズからは話が逸れるのだけど、、、

インド・ラブ(ってほどじゃないな、まだ…)についてばかり語ったので、
もうひとつ、私にとって大事な「ブラジル音楽」への出会いについて、少し書きます。

自分のライブでは、オリジナル曲とMPB(ムジカ・ポプラ・ブラジレイラ)、とくにワタシが最も好きなブラジル人歌手、Elis Reginaが歌ってた曲のカヴァーとか弾き語っているので、全然まだまだ知識は浅いのですが、「ブラジル音楽」に足をつっこんでいることは確かです。
いや、まだまだこれから勉強さしてもらいまっさ、という態度でいるのですが。

音楽の場で出会った人々に、「MPBを始めたキッカケは?」と尋ねられる機会も多いので、すこし思い出話を。

…なんだかこのブログのネタは、ワタシの思い出話や考えていることが多いですね。ワタシは、自分のことを「理解されたい」のだと思います。その事実を、否定しようとして「自分」なんてないさ、シャララ~ンと生きていた時期も(シャララ~ンって何?)ありましたが、根本的なところで自分は変わっていないのだな、と最近思います。余談。

徹底的に遡れば、「ブラジル音楽」との出会いは、18歳の頃、某ディレクターに自作曲の批評を貰ったり、聴いておくべきアーティストのアルバム等のアドバイスを頂いていたのだけど、
その中に、小野リサ、があったのです。
初めて買って聴いてみたのはアルバム「DREAM」。
文句なしにカッコいい!(ワタシにとって)新しい!と思いました、そのサウンド。
が、まだその頃のワタシにはボサノバの複雑に思えるギターコードを正面から勉強する「意気地」がなく、「なんちゃって」ボサノバソングを作って録音したりはしたものの、今から聴きなおせば色んな人に(ブラジル音楽関連のww)一喝されそうな「なんちゃって」ぶりに気恥ずかしくなっちゃう。

「DREAM」のサウンドがカッコよく、包みこまれるように心地よい小野リサさんの唄声には大いに惹かれ、その他のアルバムも何枚か聴いてみたけれど、「DREAM」以上に良いと思えるアルバムには出会えず、、、
小野リサの他には、セルジオ・メンデスとか聴いてみたり。
その程度の関わりしかもっていませんでした。

で、時は流れて21歳くらいの頃、東京で「メヲコラソン」に出会いました。
メヲコラソンのお二人がニューヨークから帰国されて直後の頃です。
ライブに行くたびに進化している演奏、完璧な歌、パフォーマンス、
「ブラジル音楽ってシットリゆったりしたボサノバ、だけじゃないんだ、ジャカジャカやってるだけの(こんなこと言ってる時点でわかっちゃいないのですが、ワタシ)サンバだけじゃないんだ、こんなにエキサイティングであり得るんだ」、とそこで知ったのです。
オリジナル曲も好きだったけれど、カヴァー曲もなんとも「心踊る」モノばかりで、
あの曲は何だろう?とCDを探してみたり。

で、大いに浸ったものの、その頃のワタシは、自分の作る楽曲と自分自身をいかに「商品」としてプロモートしていくか、その頃師事していたボイストレーナー兼プロデューサーの元で、「纏め」の段階に居たので、自分の純粋な興味の赴くまま、新しい音楽に首をつっこんだり、新しい曲を作ったりすることは文字通り「禁じられて」いたので、、、
ブラジル音楽の前に私は「観客」に徹しておればよい、自分は自分の世界を纏めてこれから日の当たる場所(?)に出るんだー!と思っていたんです。
そんな思いにしがみついていました。
その後、崩壊しちゃうんですけどね…。

で、ま、「いろいろ」あってワタシは崩壊してしまい、
崩壊していたところに父親が(私にとっては)突然にして亡くなり、
尻尾巻いてイナカに帰ったのです。

イナカに帰ってからも、音楽は自分にとって唯一、情熱を注げるモノであったので何らかの形で続けようと努力はし続けていたのですが、
その上でも何か「新しい」ことに挑戦する必要がありました。
それまでに書きためた曲を、これからはガットギター一本に絞って(それまでは、ピアノとギターと、半々くらいで曲を作っていたので)ちゃんと弾き語りできるようになろう、という目標の他に、
「新しい」ことに挑戦する目標というかモチベーションが、前向きに生きていくために必要だったのです。

新しい曲を作る気には、なれなかったし。
父親が亡くなって、それまで自分が、いかに自分のことしか考えていなかったか、ということや、父や母が自分の知らない間にいかに苦しんでいたかということを知り、自分がホントに嫌になり、
「自分」ってなんぼのもんじゃい?と。
ただただ、生きるために、家族といっしょに「前向きに・幸せに」生きようと決めたため、
深く考えつめたり、妙に「アーティスティック」な自分の脳ミソの部分を閉じてしまった。
自分が嫌になる、だけで歌が作れなくなるには十分な理由にはなるよね。
その後、ぽつりぽつりと書くようにはなるのだけど。

幸い、地元とはいえ16歳までしか居なかったイナカに友達は一人もおらず。
新しいことを始めても、下手くそでも、別に誰に対して気後れもない。
ある意味まったく新しい環境で、しかも「イナカ」なのでミュージシャンもほぼみんなアマチュア、
温かくて狭いコミュニティの中で自分の居場所を確保することができた。

はじめは、ボサノバ・スタンダードの曲をレンタルCDとウェブ上で拾った歌詞カードとコード表を観ながら練習を始めたのだけど、
ある程度慣れてくると、一部の超絶的に美しい曲を除けば、ボサノバのゆっくりとした曲は自分で演奏してて自分で眠くなるようになり…、、
やっぱりワタシはエキサイティングな、一人で演ってても背後にはズンタカジャカジャカとリズムが鳴りまくっているような、Elis Reginaとかの曲が演りたい!と思って耳コピ&ウェブ・カンニングを始めたのです。
そんな歌を家で弾き語るようになると、母親が「やっと明るい歌を歌うようになったねぇ」と喜んでくれた(笑)

色んな人のチカラを借りて、しばらくは一人で活動していたのだけど、そんなワタシのブラジル傾倒っぷりと、自作曲を気に行ってくれるドラマーと「バンドやろうゼ!」という話が進み…
ベースは、ウッドベースを弾ける和歌山では数少ないべーシストのおっちゃんにラブコールを送り続けていたのだけど、既存のバンドがあるからということで一年ほど待ってから加入してもらえることになり、
ワタシにとっては、初めてステディな「バンド」を組むこととなったのです。
本当に夢のような話でした。
二人とも、人柄も満点で。
面と向かって礼を言ったことはないのだけど、
その頃の私の人生を明るくしてくれたのは、また「ライブ」を自信もってできるようになったのは、このバンドのお陰だと思ってます。
崇君、ちゃぼさん、ありがとう。

このバンドは、ワタシが26歳で結婚して、海外へ引っ越してしまうまで続きました。
そこでワタシの音楽ライフは、意図せずしてプッツリ切れてしまったのです。

で、去年12月から再スタート。
12月初旬、某ブラジルコミュニティスペース・Aparecidaで(ちゃんと準備もしないまま、、)歌ったところから。
ちゃんと、年をとっていた。
ワタシの時計も、止まっていたわけではなかったな、と感じた。
Aparecida界隈の方々、これからも、よろしくお願いします。

あ、そうだ、4/28(日)はそんな西荻窪Aparecidaでライブだよ!
今井歩さんとのタイバンだよ!
超ハイクオリティな音響環境を用意してくれるって話だよ!
全員集合!!
(ちゃっかりと宣伝♪)
# by agatha2222 | 2013-03-22 05:20 | Other | Trackback | Comments(0)

考察というほどでもないけど② ただいま、インディア

「第三次インドブーム到来」とココに二度ほど書いたのですが、
今、キテるんですよ、インドが。
きっと、ワタシに今、必要な知恵が、インド(といっても広いけど)からおいでおいで~と手を振っているのですよ。

具体的には、リグ・ヴェーダ、ウパニシャッド等の文献(中学の歴史の教科書に出てきたよね、これくらいならワタシも習った!)を元にした?インド哲学、

そして複雑怪奇に思われるが実はスッキリ美しい、インド音楽、インドのリズム、への興味など。

ワタシの思い出話になりますが、

「第一次インドブーム」がいつ来たかと言うと、
中2でビートルズにハマった後、です。
ジョージ・ハリスンの作るインド色むんむんの楽曲が特に好きで。
きっと、なにか「エキゾチック」なものに惹かれる性なのでしょう。
(ジョージ・ハリスンのドキュメンタリー映画「living in the material world」はスゴく良かった、、、)
初めて「耳コピ多重録音」に挑戦しようとした曲は、「The Inner Light」という曲で。

...友達のアニキが録音機能つきのシンセサイザーを持っていたので、中2の夏休みに、その子(=ピアノ弾ける)の家で、シンセでハルモニウム(パイプオルガンで代用)とインド笛(フルートで代用)のパートを録音し、あとはアコギとバイオリンを鳴らしてテープレコーダーに録音しようとしたけれど、(打楽器類は何叩いてるかすら判らず再現は無理と判断し、潔く割愛…)アコギとバイオリンを一度に弾けないことに気づいたところでギブアップ。。。楽しく辛い思ひで、です。

もとい、、、
ジョージ・ハリスンが傾倒していったインドの教えって何だろう、という興味と、
それを元に書かれた歌詞の意味が、全くもってわからん、、、というフラストレーションから、
図書館や本屋をめぐって色々読みはじめたのです。

(これはインド、とは違うけど)チベットの死者の書、関連や、
インド滞在記・旅行記のようなものは中学生のワタシにとっても面白かったものの、
「インド哲学」については、ほぼ理解できず…。

「アートマン=真我」って何?
と言う感じで。難しすぎました。
難しすぎると諦めたところで、それ以上は踏み込まず。

(追記:あ、違った、踏み込もうとして、ついでに「大学進学」への一縷の望みを繋ごうとして、「某大学の東洋哲学科に進学したいです」と懇意にしていた教師に相談したら、「俗世に戻ってこれなくなるから止めとけ&つぶしがきかん」と全否定され、諦めたのだった…。)

インド音楽、についても、ラヴィ・シャンカールのCDを聴きながら、「なんか気持ちええけど、眠くなるな」という感想を持つまでで。

で、「第二次インドブーム」は、それからかなり後に来ました。
あれは三年前。(byチアキナオミ)

…あれは自分にとって、しんどい時期でした。
身近にとても「嫌な奴」が居て(その後、居なくなりました)、毎日嫌な気持ちになっていて、
そんな奴に負けてしまっている自分の状態が、なにより嫌でした。

そんな時に、ヒーラーの友人に勧められて、いくつかワークショップを受けたのです。
ヴェーダ(インドの「科学」、宗教ではありません。)について、瞑想について、入門編ですが、教えてもらいました。

...「This is it!!」(=おお、これや!!)、という感じがしました。

でも、この「発見」のあと、指導者の誠意に対して疑問を抱く出来事があり、ワタシは大いに「傷ついた」と自覚し、この辺りのコミュニティから逃げざるを得ませんでした。
教えてもらったこと自体は、ヴェーダは、有効であると確信したのに、整理のつけられない感情が、ワタシを元いた場所に走らせたというか。
記憶を再現させたくないので、ヴェーダとの出会いそのものも、「なかったこと」にしていました。

もやもやしていました。
「逃げた」ワタシの判断に対しても、正しかったのかどうか、一抹の迷いもありました。
ヒーラーの友人に対しても、複雑な気持ちを抱いて、もやもやしていました。
もやもやを解消する必要があるけれど、うまく思いを伝える・話し合う自信がないから避けて通りたい、
そういうワタシの一方的な思いから、その友人とも疎遠になり…

それから時間が経ち、「傷ついた」感情は消え去り、
冷静にそれぞれの物事を独立して観られるようになり、
偶然か必然か、友人とも華々しい場所にて再会でき、
そこからまた付き合いが(というかワタシが助けられるという構図が多いかな、)はじまり、、、

その、戻ってきた人間関係が下地にあったところで、
「第三次インドブーム」が数ヶ月前に来ました。
キキーッと。(急ブレーキの音)

入口はDVDで観た某る踊りと、踊りに伴うインドのリズム、音楽、コンナッコールだったのだけど、
ヴェーダをまた学び、実践することがワタシに必要かもしれない、とは最近思い始めた。
何故そう思い始めたか、については長くなるので、また次回。

インド音楽と、インド哲学(=ヴェーダ)のリンクが、ワタシの中であるのかないのか、よくわからない。
ただ、インドにまつわるどんなものも、14、15歳の頃の記憶とリンクするのです。
ただただ、懐かしく感じるのです。

「クリシュナ」という語感、
サモサの匂い、
タンプーラの持続音、

そういう全部が全部、「初めて出会った頃」を思い起こさせるのです。

ワタシが中学生の頃は、インド料理屋なんてもちろん周りになかったし(都会ならいざ知らず)、
食べ物も楽器も、本に書かれている説明書きや写真から想像するしかなくって。
本に書いてある、ざっくりしたレシピをもとに、豆(ダール)のカレーとか、なんか旨いのか不味いのか判断のつかない代物を何度も作ってみたなぁ…。家族にはあまり「売れ」なくて、一人で嫌になるほど食べた記憶が…。
19歳の頃、東京で初めて(あれは新宿)食べたインドカレーが自分史上マックスの旨さだったなぁ。
最近は「旨い」インドカレーには恵まれていないなぁ。
舌が肥えたのか、胃が年食ったのか。

カレーの匂いがしてきた(そういや、今日Facebookで旨そうなカレー・ランチの画像を観たのだ)ところで、
ヴェーダとビートルズに記憶を戻して、引用。


The Inner Light

(by George Harrison, recorded at EMI studio in Bombay, 12 Jan 1968)

Without going out of my door
I can know all things of earth
Without looking out of my window
I can know the ways of heaven

The farther one travels
The less one knows
The less one really knows

Without going out of your door
You can know all things of earth
With out looking out of your window
You can know the ways of heaven

The farther one travels
The less one knows
The less one really knows

Arrive without travelling
See all without looking
Do all without doing

家から一歩も出なくとも
僕には世界中のことが手にとるようにわかる
窓の外を見なくとも
僕には天の摂理がよくわかる
遠くへ行こうとすればするほど
知り得ることは少なくなる etc...
# by agatha2222 | 2013-03-22 02:20 | Project Beatlish | Trackback | Comments(0)

考察というほどでもないけど①「愛と死」をみつめて

言葉で「感じ」を伝えること(=自己表現?)ができるようになる以前の、幼い子供のフラストレーションはこういう感じかもしれない、と思う今日この頃。

色々と考えているのですが(いつも同じようなこと言ってますが)、簡単にはまとめられず。
でも少しずつ、考察の軌跡を残していきたいな、という思いもあり。
真面目な話です。

何かしらの形で表現するにあたって、
「恥ズイからやんぴ、は無し」と以前、ココに書いたものの、
「恥ズイ」以上に「ヤバイ」かもしれないから、書かない方がいいんじゃないか、とも思ったり。
「ヤバイ」って何が?
ドン引きされるリスクが。

それでも公開ブログとして書くのは、
自分が発信した何かを受けて、同じ時を生きる誰かが何かを感じたり考えたり、
共通点を見つけたり、それで心が動いたり、
何かに興味を持ったり、
そういうこともホントにあるのだな、と最近嬉しさと供に実感することもあり、
また、
ワタシ自身が、誰かが発信したことから(対面で、文章で、映像で、、)触発されたり、
自分の中に眠っていた思いを引き出して、
行動が、思考が動いていく、変化していく、ということが、多々あるから。

影響しあって、動く。
この時を、共に、生きる。
あたかも、複数のダンサーが絡み合って踊る様子や、複数のミュージシャンが織りなす即興演奏のような、
そんな醍醐味を、どんな小さな規模でもいいから、味わってみたいという思いがあるのです。

長いな、前置き。。。

この調子じゃ、タイトルにある「愛と死」に辿り着くまで、数か月?かかりそうですが、
(ウディ・アレン映画のタイトルみたいだけど)
振り返ってみれば、「愛」と「死」とは、子供の頃からずっと、私の中にあったテーマだなぁと、思うのです。
テーマが同じでも、もちろんそれに対する考えは、変わり続けてきたのですが。

「死」といえば、
私たちの殆どは、「生まれてくる」または「生まれる前の」記憶がないので、気が付いたら「生きてた」、始まりから、ずっと、「生きてる」、「生きてる」ことが当たり前、
なので、何時か向かう「死」に対しては、人生最大のイベント、くらいに思ってしまうのは、当然かと。

ワタシが思うには、「死」そのものは当たり前に誰しもに訪れるものなので、(死なずに生き続けるとしたらむしろ困る)悪いことでも良いことでもないし、正直、悲しいことだとも思わない。
寂しさはあるかもしれないが。
(ホントかな?強がりいってるだけかな??)

ただ、「死」の前後には、周囲には、「苦しみ」がまとわりつくことが多いので、
誰かの苦しみを思うと、苦しい。

重苦しい話になってきたので、「死」の話はとりあえずここまで。
つづく。
# by agatha2222 | 2013-03-22 00:33 | Project Beatlish | Trackback | Comments(0)