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さらさらとダラダラ日記

ネトネト・ムシムシな暑さが続くと、知らぬ間に「やる気」がなくなっている。
夏は暑いものだから暑さを感じないでどうする?!
あっという間に夏は去ってしまうのに、暑さを感じないでどうする?
という頑固な考えでもって、できるかぎり家で冷房は付けない方針なのだけど、、
結局は「やる気がなくなって何もしないよりは良い」ので、、今晩は冷房をつけた。
うまれ変わりますな…。
幼い頃、真夏でも冷房をつけるのは夕食時から寝る前まで、と決まっていたので、
大人になっても「昼間っから」冷房をつけるのは「堕落」と感じてしまう。
って昼間が一番暑いのに…他所に出かければ建物内は涼しいがねぇ。
でも冷房で身体が冷え切ってしまうのも、困ったもの。

夜まで「暑さ」をしっかり味わった後に冷房をつけると、子供の頃そのままのテンションで「イェーイひゃっこい!」といちいち喜べるので良い。

7/13、土曜日。
朝からまた鍼打ちに行って、ぷすぷす刺されてもみもみ揉まれて、昼から散髪にいって、ちょきちょき切られて、そのあと歯医者に行って、ガリガリ削られて、やられてばかりの一日。
夜は大植真太郎さんのコンテンポラリー(コンタクト・インプロ)のクラスを受けに行ってみようと決めていたのに、(冷房付ける前ですから)だるくってスキップした。
大植さんといえば(ワタシにとって)特筆すべきは、シェルカウイの"Puz/zle"と"TeZukA"に出演されているということ!
まあまた次のチャンスに、ということで。

7/12、金曜日。
夜は7/31@Velvetsunライブのための練習をすこし。
怖れ多くも、チャーリー・ウィリアムスの曲を一曲、歌わせていただくことになったのです!
CDのウィリアムさんの声よりオクターブ上で、裏声・表声切り替えながら歌ってみる。
ムズい。自分の裏声がウルサイ。
裏声になると声色が一色になってしまう点を打破したい。
お手本の声を探さないとなあ。

さらに、振り付けた「あの曲」を踊る。
もうこれは憶えているので練習の必要もないが、ただ楽しいので踊る。
動画に撮って、人生初のYoutubeにアップ!(非公開)、共犯者?に憶えてもらうため。
本当にいい歌、元気になれる歌。
ワタシの中ではQueenの"Don't Stop Me Now"的な位置づけにある、貴重な歌です。
Velvetsunに、聴きに来てみたら、イイじゃない!!!

さらにさらに、前日からのにわかフラメンコ・ブームは続く。
続くといっても肝心のギターは(まだ、ね)殆ど練習してないが…
イメージだけは膨らむ。
と、絶妙なタイミングで、ダンス仲間のお姉さん(フラメンコダンサー)の舞台が今日・明日やってるらしい。
行ってみようかしら~~。

ところで、フラメンコといえば、シェルカウイとマリア・パヘスのデュオで"Dunas"(砂)という作品があります!!(インタビュー部分が多いけど、参考動画はこんなの↓)
DVDになってくれないかな~~。




他にも本を読んだり調べ物をしたり、
思いつきと未来への期待が広がるばかりで纏まらない日々。
一番大事なことができていないような気がして、ココロはそわそわフランソワ。
# by agatha2222 | 2013-07-14 03:24 | Other | Trackback | Comments(0)

眉間のシワ

つらつらと、日記。

7/11、一平ちゃんとリハ二回目。
一回目と比べるとかなりイイ感じ、コネクションが出来てきたような。
サンバ等の速いテンポの曲は、テンポを落としてやってみるとよい、、、
というかそんな当たり前のことを一回目リハでは気づかずにいたことに、反省。。
新しいことに貪欲に挑戦していこうとしている一平ちゃんが眩しく見える。

このコラボレーションのために新しい曲を作るとしたら、どうするか?ということで、
当然のように?出てきたキーワードが"フラメンコ"、、、
床を靴底で打ち鳴らす人とガットギターを担いだ人が居たら、やっぱり"フラメンコ" でしょう、と。
"なんちゃってフラメンコ風"ならできそうよ、ということで二人とも、そのキーワードを胸に解散。
で、ワタシは帰宅後、パコ・デ・ルシアのCDを引っ張り出してきて聴く、、、
鳥肌サブいぼ。
軽々しく「フラメンコっぽいのに挑戦」とか言ってた自分が嫌になり凹む、、
いや、だから、「っぽい」のを目指すんだから、とにかく出来るとこまでやってみればいいじゃん、
、、ということで凹みに空気を入れなおして、
今度は昔買った"フラメンコギター入門"教則本付属のCDを聴く。
うむ、このへんの練習曲をまずは弾いてみようか、、。
そういえば、昔この教則本に載っている"奏法"を練習したな、、
"奏法"だけパクって練習曲は(あまり好きにもなれず、、)演らなかったけど。
そうやって振り返ると、多少なりとも昔食いついたことは、今自分のモノになってる(自然と出てくるという意味で)から、今も食いつける部分だけ食いつけばいいのだ。
少なくとも、それがワタシに合ったやり方だ。
それでいいのだ。

Youtubeで動画を観る。
フラメンコは観てて、聴いてて、疲れる…正直なところ。
生で体感したら、全然違うだろうな。エネルギーを感じに行ってみたい。
フラメンコって何なのか。
そのスピリットは。
何を表現しているのか。
ワタシ自身の中にそれと繋がれるモノは何かあるのか。
# by agatha2222 | 2013-07-12 18:10 | Other | Trackback | Comments(0)

"TeZukA"から伸びてのびてのびて

昨日はとくに、考えまくった。
でも、徹夜明け(別にそんなに忙しいわけじゃないんですが)からの鍼で夜はトロトロに眠くて、
このマドロミを逃す手はないのでPCには向かわず。

あることについて考え始めて、そこから枝葉が育っていって、(感覚的には)膨大な量になって、
始点から眺めなおすととんでもない所に行きついたな、ということがあるけど、
昨日もそんなかんじで、、
でも行き着いたところが、今の自分に問うべき事柄なんだなと妙に納得。
いつも同じようなことを考えているような気もするけれど、
辿りついた場所は今でしか辿りつきえなかったのも確か。
なんのこっちゃわからないこと言ってますね。

一体何のためでしょうか、書いたり、読ませたりするのは。
「理解されたい」というよりは「話し合いたい」という欲求だな、コレは、という気づきが一つ。


「問い」というか課題とは、人との付き合い方。
ある賢者の言うことには、
ワタシは「人と接する・会話する際に、精神の流入出が起きている。
さらにはワタシの中で、音楽と精神が絡み合ってしまってる(本来それは別のもの)。
それがワタシを疲れさせる。」と。
「人との接し方においては、自分の壁を作れというのではなく、
ちょっとした「いいモノの交換」くらいに思って、
自分の小さな窓を通して「交換」するようなイメージでやってみ」
「それができるようになって、音楽と精神を自分の中でちゃんと分けられるようになれば、
夜もちゃんと眠れて、自分に自信が持てるようになる」

なるほど、なんとなく納得なんですが、
具体的にどう直せばよいか、わかるような、でもやっぱりわからない。

昔、姉が「私たちはエンパス(タイプ)なんだよ」と言った。
つまり共感型。(日本人には多いと言われている。)
それが良い悪いは別として、共感する能力に長けている、と言える。
感情移入しやすい、人の話聞いて、または漫画の主人公が「うえーん」と泣いてる絵をみるだけで泣ける、とか。
これは気を付けないと、本当にしんどい。
しんどいから、子供の時にもう「いいヒト」で居るのは止めた。
(止めたつもりだけど、「ヒト」は止められないしね)
もろもろいろいろ、しんどいから、人付き合いを避けるようになる、、
ひとりで居ると楽だけど、寂しいし、なんといっても発展がない。

ところで昨日はもともと、シェルカウイの"Te ZukA"について考えていたのだった。
(さらには中学~高校時代に手塚治虫作品とさらにはビートルズのCDを貸し借りし合った誕生日がワタシと一日違いの友人について思い出したり、、エトセトラ)

シェルカウイに関する新しい情報を求めて色々探していたら、ツイッターの投稿で「2012年2月の公演"TeZukA"@オーチャードホールをWOWOWで放送」というのを発見して、あいや胸騒ぎ。
これって、もし自分もツイッターに参加していて(いや、アカウントはあるんだけど)内容充実?させていたら、「録画した!」という人に「DVD焼いてくだされ~!」ってお願いすることもできる??
と考えたんだよね…。
いやもちろん、お願いしたところで焼いて送ってくれるとは限らない、、相手を信用させるためにはそれなりの??人物像をツイッター上で表現する必要がある、、にとかなんとか考えたけど、とりあえずは止めといた…。
("TeZukA”はワタシが初めて通して観たシェルカウイの作品です。)

で、さらに関連ツイートを洗っていたら、インタビュー記事も見つけて。

「(手塚は)非常に強いエンパシーの持ち主だ。」

そうそう、そこ。
エンパシーとは自分とは違う他人の考えや気持ちを汲む能力であって、
それを持って学んでいかないと、、、
エンパシーとフラットな目がないと、、、
だから、やはりそれ(エンパシー)を切り捨てようとするのは、明らかに間違っている。

さらにシェルカウイが言うには、
「僕は自分のことはどうでもよくて、僕の作品はみんな、人と人との関係についてなんだ。」

もしくは別のインタビューでこうも言ってたな。
「(デュオ作品等が多いことについて)面白い話だけど、僕は他の人と居るときのほうが自分自身でいられるんだ」

人との関係、か。

ワタシは、なんだろう、そういうの薄いな。
孤立し勝ち、というか。
沢山友達が居る、ということに必ずしも価値を感じるわけじゃないけど、
愛想はいい方だと思うんだけど、
上手くバランスが取れていた時期もあると思うんだけど、
いや、そんなの、人間関係なんて実はみんな薄いんだよ?と言われたこともあるけど、
そもそもワタシはこの世のすべてに「期待」しすぎなのがいけない、と考えたり、
音楽活動が人付き合いそのものだなと今気づいたり、、
…グチャグチャになってきたので止めよう。

「人との付き合い方」を(自分にとって安全・有益なように)正す。

今このタイミングでこの問いが表れたのは、興味深い。
何故ならこの数か月、ワタシは「ひとりでも幸せでいられる成熟さを体得したい、それはある種の精神修養と癖付けか」とか思っていたから。
じゃあ「ひとり」とはなんだろうか。
どこからが「ひとり」なんだろうか。

なんて考えて、今、「エンパス」について調べてみた…。
なにやらその能力をコントロールするトレーニング・WS等もあるみたい。
先述の賢者、に諭されたのは、このへんのことかな…。
勉強してみるか。

、、バラバラ事件みたいな文章だな。
まったくまとめて書けないぞ。
頭のなかではそれなりにまとまっているのに。
きっと頭の中は四次元なのだ。
でも、書きながら抽出できたこともあるからいいか。

("TeZukA"の字幕付き動画を追加しました。↓)

# by agatha2222 | 2013-07-11 20:46 | Other | Trackback | Comments(0)

とんで×9+まわって×3+まわる

夏。ちょっと動いただけでウォータースライドのような汗。
熱中症など気にせず、汗をだらだらかきながら何かに集中するのは好きなのですが、
あせもが痒くてたまりまへん。

昨日は、ピレキーニョの後で筋肉痛だと言っておきながら、
夜は不動産屋へ行き、さらに禊ぎがてら?にプールへ。
その帰りみちみちに思いつき、「あの名曲」に振りをつけた。
帰宅後、推敲、練習、また滝の汗。
振り、といってもかなり馬鹿馬鹿しいというか、
(未就学児のお遊戯+米米club)/2といったところ。
お披露目できる日が来るかどうかは未定だけど、今のところコレ、かなり楽しい。
(そのうち飽きるだろうが、、)
もし気になったら、是非、月末のライブに来てね(ういんく)!

振り、といえばですが、このところダラダラと取り組んでいるのが、
アントニオ・カルロス・ジョビンの「三月の水」。
ネタばらしするのもなんですが、ばらしもクソもなく流れる?かもしれないのでプロセスだけでも書いておく…。
手話(sign language)を元にした創作です。
ほぼできているものの、普通に歌うスピードだと追いつかない、次の一手を忘れる、
そしてなにより、バタバタして、キタナイ!!!
ダンスとしての手話(実際手話として通じるもの、通じない創作もの問わず)、は珍しいものではないけれど、
コレはかなり奥が深く、一方で、練習さえ積めば誰でもできるという点が魅力。
(跳んだり回ったりするわけじゃないし、あまり疲れないし、関節いわしたりせんし、)
しかし腕、手、指等で流れる美しいフォルムを描いていくのは至難の業…。
それだけ、腕・手・指は複雑な動き・微妙なニュアンスを作り出せるということでしょう。
シェルカウイ(また出た)の振り付けも、この辺りが際立って素晴らしく…

これは、ピナ・バウシュの「ネルケン・ダンス」から。
曲は"The man I love"、振りはおよそ、アメリカ手話。↓
美しい、、、。そしてこの哀愁。


さすがに両手がふさがっているとギターは弾けないので、どなたかにお願いする必要がありますが…
一応、ギターもコピってみました。
耳コピじゃなく、もろ、カンニング…。
「ジョアン・ジルベルト完全制覇」なるmixiコミュに入ると、カンニングし放題だという情報を得て、
mixiアカウントとってみました。コレ、チョー楽…。
とはいえ、まだ弾き語りできる(人前で)気はしないな…。(憶えてないし)
この曲は、ものすごく素敵なのに、素敵でありながら歌メロはたんたんとして動きが少ないので、かえって難しい。
いや、別にたんたんと歌えばいいのだろうけど。
(自分の性格の問題か?ゆっくりとしたボサノバは演りながら眠くなるという…)
だからsign danceみたいなものを乗せるには、ちょうどいいかと、、、。

悪ふざけばかり…。
一体どこへ向かっているのやら。
# by agatha2222 | 2013-07-10 04:00 | Other | Trackback | Comments(0)

たのしかった ピレキーニョ(卒業生挨拶風)

7/8
本日、全身全霊で筋肉痛です。

7/7
逗子海岸の海の家、Pilequinho(ピレキーニョ)にて、日ごろお世話になっている西荻窪Aparecidaの毎年恒例出張イベント、Palco no Pilequnhoに参加させていただきました。
「ブラジル」が繋いでくれた沢山のお仲間にも再会でき、
そして名前やお顔はよく目にするものの実際にお会いする機会のなかった方々ともお話しできて、サイコーでした。
AparecidaのWillieさん、くみさん、ありがとうございました!

タイミングよくこの日は梅雨明け、逗子は快晴。
イキナリ夏が来よった!というかんじ。
本日筋肉痛なのは、楽しすぎて踊りまくったせいです。
不思議なことに、昨晩はほとんど疲れを感じなかったのですが、、、
(疲れを感じず、寝付けず。これはこれで困るー)
「疲れは翌日来る」ということを忘れていたー。
さらに日焼けにより、お顔はディサスター(災害)に。
でもそんなことは小さいことヨ!
たのしかった ピレキーニョ(卒業生挨拶風)_e0303005_22491172.jpg

踊って楽しいのはサンバはもちろん、ワタシにとって実は初体験だったのがアシェ!(Axe)
振りが決まってるって、いいなぁ、楽しいなぁ、、
"Banda Remexe"は、またいずれかの機会に遊びに行って、ばっちり振り入れしたいと思いました。
ボサノバ、MPB、ショーロ、セルタネージョ、そして女子バンド・"ピタンギーニャス"によるフォホーなどなど、色んなブラジル音楽を少しずついっぺんに聴けたのも、よかったなぁ。
異色のチンドンバンド、"ざくろ"もお見事!!だったなぁ。。また聴きたい。

7/6
東京芸術劇場へ、小野寺修二「シレンシオ」を観に行く。
(主な出演:首藤康之・原田知世、、)
小野寺さんと首藤さんのコラボレーションはずっと観たかった。
これまでに「ジキルとハイド」や「空白に落ちた男」で実現されてますが、いずれも観られずにいたので。
そんな期待が大きすぎたのか、大きすぎたのか、すぎたのか、たのか、、、
正直、会場を後にして少し凹んだ。
どんなに「オリジナル」な動きでも、要素として見慣れすぎるとそれだけでは感動を生まなくなってしまう、、仕方ない。
イタリア語で沈黙・静寂を意味する「シレンシオ」という題名から連想されるとおり、音楽は芳醇であるが作品としては「静か」な印象だった。
とはいえ、また次の小野寺作品も観に行こうと思う。
首藤さんは相変わらず、神々しかった。居るだけでも、神々しかった。
原田知世さんは、可愛かった。いくつになっても可愛かった。
客席に、竹中直人さんが居た。短パンだった。目立っていた。
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7/5
若きタップダンサーの米澤一平さんとの初リハーサル。
一平ちゃんとは遡ること3月、サラヴァ東京(渋谷)でのイベントで出会った。

具体的なライブの予定等はないけど、何か一緒にやってみましょうということで、この日は私のオリジナル曲(カヴァーも少し)を中心に、弾き語りに合わせてタップを踏んでもらう。
楽器の即興演奏や朗読などとは数々の共演を果たしてきた彼も、歌モノと合わせるのは初めてということで、まだ模索段階。
サンバやバイオン等、ブラジルのリズムについてシェアする。
これは私のアヤシイ説明やギターのバチーダだけでは伝わらないので、パゴージ等に遊びに行ったほうがかいいな。
とはいえ、舞台で観た彼の素晴らしいタップ、その身体性・感性をみれば、新しいリズムだろうがすぐに自分のモノにしてしまうだろう、、とここらへんは心配なし。
むしろ、そもそもの話だけど、「歌モノとタップ」って成立するのか?という問いにアタマを使う。
やってみなければわからない、「成立するのか?」という疑問があるからこそやるのダ。
そしてそのプロセスが、互いにとって勉強なのダ。
面白いのが、ワタシ自身色んな種類の踊りに興味をもったり習ってみたいと考えたことがあるけれど、タップはノーマークだったということ。
タップは、ダンスと打楽器の間にあるものだということ。

既存のオリジナル曲をどうこうする、だけではなくて、タップダンスに、そしてこのアーティスト=タップダンサーのために、曲(とか)を作ると考えたほうがいいかも。
リハーサルは継続して、遊びながらその先を見たいと思います。

(今日は日記らしいことが書けたナ。)
# by agatha2222 | 2013-07-08 23:01 | Other | Trackback | Comments(0)