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Quick Summary (for myself)

今朝は休日、たっぷり寝るつもりだった。少なくとも午前10時くらいまで。でも実際には、夫が朝早く家を出るドアの開け閉めの音(それも何故か何度も)で目が覚めてしまい、そこから二度寝できなかった。こういうことは多々ある。もっと眠りたいけど眠れないジレンマにもやもやしながら、布団の中に潜って借りてきた映画DVDを観つつ、「面白い、眠い、情報をシャットダウンしたい、でもなんだかボケっとできない」という状態から抜け出すために、お腹がすいていないのにモノを食べたりして頭が起きるのを促すことにした。

ところで昨晩、面白いワークショップを受講した。(後々に詳しくメモるつもり。)
そこで学んだことを生かそうと、いつもなら「あーあ、上手く休めない、せっかく時間をおいたのに、辛いな」で片づける今朝の自分と状況について、もう少し考えてみた。

物音がして目が覚めてしまうのは仕方がない、これくらいの物音では目覚めないタイプの人もいるだろうが、今朝の私はその音で目が覚めてしまった。そのことに関しては、何も悪くない。
で、そこからまた入眠できなかったのは何故か。ムカついたからだ。
「起こしやがって!私は疲れているのに!」と思ったからだ。
とても自分勝手な反応であることは解っているので、むろん後から「うるさかったじゃない!」とか言わないしキレないのだけど、その時点で少しムカついたのは事実だ。
そんなことでムカついて、自分、損してないか?馬鹿じゃないのか?
「だってムカつく状況だったのだもの!」
いや、その状況で「ムカつく」ということを選択しているのは他でもない自分なんだから、自分が本当に変わりたければ変われるのでは?

性格というのは、状況に対する対処の仕方の癖みたいなもの。
対処法の選択肢は多い方が生きやすい。
多様性があったほうが生きやすい。

「変わりたい」といいながら変われない人は、自分で壁を作っている。
「私はこういう人なの」という過去の自分のパターンにしがみついている。
何故だろう?過去をなぞらえるほうが脳ミソ的に楽ちんだからか?
アイデンティティ(だと自分が思っているもの)が失われるのが怖くて、それを精いっぱい自分で肯定するために、自分の嫌なところも、本当は自分で凄く大事にしている。
そうだ、そうだな。
つまんねーことしてるな。

「変わろう」としても、自分が今までに獲得したものが失われるわけではない。
多様性を身につけるために、ちょいと変えてみよう、くらいに言ったほうがライトでいいかもしれない。
外国語を学んだからといって日本語を忘れるわけじゃない。
毎日標準語を話しているからといって方言を忘れるわけじゃない。

ちょっと、実験してみようと思う。
優しい気持ちで人と、物事と接してみる。
それが自分にも跳ね返ってくるだろう。
...慢性的な肩コリさえ、それで改善するかもしれない?
優しさ、と、エレガンス(笑)、、、少しでいいから。
# by agatha2222 | 2013-01-19 12:17 | Other | Trackback | Comments(2)

Project "I Found Out" ①まずは回顧録

はじまりはこうだ。
「私はこんな音楽を作ります、歌を書きます」という名刺代わりになるような「弾き語り」をちゃんと、できるようになりたい、また継続的に演奏したい、という私から私への使命がある。強い使命が戻ってきた。
そして、「私が作る」だけではなく、「ブラジル音楽」という広大な土地を少しずつでも開墾していきたい、人と出会い・彼らの心を、音楽を借りて、この土地で飛び跳ねたい。セッションに参加して、音楽で繋がる喜びを得たい、その喜びを糧にたくさんのことを学んでいきたい。
でも、それ以外に何かできないか、と考えていた。

私にとって、そもそも音楽とは、表現することとは、なんなのだろう。
なぜ、こんなことやってるんだろう。
私以外、誰も望んでいないのに。

私が作詞や作曲を始めたのはたぶん14~15歳くらいの頃で、最初は詞だけ書いていた。短歌とか、作っていた。
そんなことで将来食ってけないことはわかっていた。でも、表現したかった。
心の中がお喋りすぎだったから。

楽器は一応、ピアノちょっととバイオリンを11歳まで習った。
ピアノの課題曲は3歳上の姉が先に弾いているのを聴いていて、バイオリンは有難くも(結果的には迷惑にも?)母が教則本付属のCDを買ってきてくれたので、耳から曲を覚える癖がつき、楽譜を読むことが異常に苦手だった。
それだけが理由ではないが、好き勝手に弾くのは好きでも肝心の練習はろくにせず、劣等生のまま辞めてしまった。

そんなダメな生徒でも、音楽、というか音楽家・芸術家への憧れは、本当に幼いころからあった。
でもそんなダメな生徒だってことは早い段階で自覚していたから、演奏家にはなれないし、自分で演奏できない曲は作曲できないから作曲家も無理、(さよならベートーベン)と諦めていた。思い返すととても現実的なチビで、チビの癖に焦っていたと思う。
家の隣にピアノの先生の家があり、自分と同じ年齢(5歳)の先生の娘さんが毎朝ピアノの練習をしている音が、先生のヒステリックな叱責と娘さん(=友達)の泣き声とともに聴こえてきて、私にはあんな世界は無理、あの娘は特別、音大に入るため頑張ってるんだな、凄いな、でも私はどう転んでも無理、イヤ、何か別のことをするしかない、とか考えていた。

小学校高学年になると、姉が主に90年代初頭のUKロックやブリットポップと呼ばれるジャンルの音楽を聴きだした。私もそのおこぼれに預かっていた。初めて自主的に、「私のためにテープにダビングして」と頼んだのはKate Bushの"Red Shoes”だった。

ギターは、父親が若いころに買った(その頃、流行ったんだよね)安っちいクラシックギターが家にあって、バイオリンを辞めた後くらいから触り始めた。
この世に「コードブック」や「タブ譜」なるものがあるということも知らず、好きな曲に合わせて「ドミソ」や「ドファラ」の和音を出せば伴奏になる、ギター弾いて歌えるやん!!と発見したときは、大発明したような気になった…。

そして中学二年生に上がったばかりの頃、事件が起こる。
ビートルズとの出会いだ。
昔から家には、the Beatlesの"Help!"とJohn Lennonの"Imagine"だけ、CDがあってカーステで聴いてはいたけど、幼いころ見てたポンキッキでBeatlesの音楽が使われていて、そのメンバーはリンゴとかレモンとか、果物みたいな名前で、もう死んじゃったメンバーもいて、すーっごく昔のグループなんだ、という認識しかなかった。
どうやって「出会った」かというと、中学で「基礎英語」というラジオを家で聴け、という宿題があって、でも家は(別に田舎だからってわけじゃなく)なぜかラジオがクリーンに入らなくって、さらにそんなやったかやらなかったか証拠が要らないような宿題やる必要もないから、中学1年の時は全く聴いてなかった。で、2年に上がって、新しいテキストが配られた際にそれをパラパラと読んでいたら、"Yesterday"の歌詞が載っていた。

"Yesterday”は、13歳の私も知っていた。オルゴールを持っていたから。ステキな曲よね、で、歌詞を読んだら、こんなに切ない話だったの??っと興味を抱いた。どのアルバムに入ってるんだろう?"Help!"?なんだ、家にあるやん!ということで、"Yesterday"を改めて、聴いた。(結局ラジオではなくCDで)
胸が殴られたように響いた。
それから、Beatlesを聴き始めた。

中学校のクラスで、ひとりだけBeatles好きの子がいた。(凶暴で変わった子だった。後に私たち二人とも高校を止めてしまう。)
彼女にいわゆるベスト盤である青盤・赤盤を借りて、テープにダビングして、それこそ擦り切れるまで聴く日々が始まった。テスト前でもステレオの前に噛り付いていて、母親に怒られた。

憧れた。きっとビートルズ好きはみんなそうだろう、「彼らになりたい」と思った。
「歌」というフォーマットで、こんなに広くて深くて色彩豊かな表現ができるのだ、と気づかされた。
「歌」を作るしかない、と決めた。

(つづく)
# by agatha2222 | 2013-01-18 15:52 | Project Beatlish | Trackback | Comments(0)

シュガーラッシュ

シュガーラッシュ
ドキドキする
ランゲルハンス島 応答せよ

雲が晴れる
脳が冷える
指先が押し詰まる
落ち着いて 落ち着いて

混乱と閃き
交通整理をしよう
右は東、左は常識、
明日は南に、北には家族が

カフェインとテオブロミン
チカチカする
眠れやしない 眠れやしない

フォーミュラの中のフォーミュラ
細胞の中の細胞
サイボーグの方の最期

シュガーラッシュ
ベタベタする
水で薄めてあげなさい
Trinken Sie, trinken sie

ヘモグロビンの泡
鼓膜の中の水
瞳孔拡張そして充血

上がったり下がったり
願ったり叶ったり
出鱈目なタラの芽
ひょうたんから駒

シュガーラッシュ
ウィスキーと白砂糖
インスリン 早く来て 早く助けて
私はどこにいる?
水で薄めてあげましょう

おかえりなさい
心拍数70
平常運転
# by agatha2222 | 2013-01-14 00:33 | Prose/Lyrics/Stories | Trackback | Comments(0)

踊りについてうんぬん③

「弾き語りを基本に生きてるシンガーソングライターです」とプロフィールに書いていながら、踊りに関することばかり書いているのはいかがなものか、、とも思うが、踊ることも音楽を作ることも、始まるところは同じだと思っている。それに、音楽のほうが踊ることよりも私にとっては歴史が長いので、踊りのほうが軽々しく?書きやすいのかもしれない。まあ、そんな話はどうでもいいんですが。

1/11、初めてGAGAという所謂ダンスのフリーインプロ?のようなクラスを受けた。
GAGAついては下記URLを参照ください。

http://gaga-japan.org/aboutgaga/pg83.html

…前々から予定して受けたクラスではなく、イスラエルのダンスカンパニー、バットシェバ舞踊団芸術監督・オハッド・ナハリン氏が振り付けた作品「Humus」をとあるスタジオで上演する(踊るのは、ワークショップに参加した希望者達、プロダンサーっぽい人もいれば、そうでない人も)、観覧無料、上演後、GAGAというバットシェバ舞踊団で日常的に行われているトレーニングのクラスを開催する、、という情報をTwitterで入手し、もろもろの予定を変更して行ってきたのです。

私の勘は当たった。
「Humus」も凄く面白かったし、なんといってもGAGA。。
スタジオの鏡は白い布で覆われている。自分の動きに集中するため、というか「自分がどう観えるか」を気にせず、自分が動きたいように動くため。
在るのは音楽と、先生がくれる言葉のガイダンス、そして一緒にこの時間と空間を共有して、でもそれぞれが動きたいように動いている「集団」。
ワンレッスン90分で、ウォームアップとクールダウンのような穏やかに動く時間を除けばずーっと動きっぱなし、ときに走り回り跳び回り、ロックンローラーのようにシェイクして、声もだす、でもまったく疲れを感じない。(疲れは翌日来ました…。)もっとずっと踊っていたかったくらい。
上手いも下手もない、正しいも間違いもない、美しいも汚いもない、圧倒的な自由の中でどんどん深いところに埋まっている自分が出てくるようなカタルシスを感じた。

私は、チャンスあらば「キレたい」と思っている。
(いわゆる長州力が言うところの「キレる」じゃなくて)
馬鹿笑いしたい。(酒とかは飲まずに)
自分の中に居ながら遠い世界を旅したい。
深い自分を引き出したい。
快感に叫びたい。
何もないところから音楽が生まれるとき、キレてるのかもしれない。

いや、キレてるというか、むしろ「繋がって」いるんだろうか。
以前、インドの叡智・ヴェーダ瞑想について少し教わったことがある。
教わった通りに瞑想し、つまり心のおしゃべりが止むまで待って、自分の中に晴れ渡った空を観たとき、、、
みんなココから生まれた、という大いなる魂=神の塊りの一部なんだ、私は…という感じがした、、、
(いや、そう教わったからそう感じただけかもしれない。)
とにかく気持ちがよくて、「わけのわからない寂しさ」が消えた経験がある。
魂やら神やらという言葉が胡散臭ければ、左脳のおしゃべりを止めて右脳が目覚めるというかんじだろうか。

ジル・ボルト・テイラーという、自身が脳卒中を経験し、壮絶なリハビリから回復した神経解剖学者の体験をつづった「奇跡の脳」という著書を読んだことがあるが、この著者の場合、左脳の大部分が脳卒中でダメになってしまった後、話すことも含めてさまざまな事が出来なくなってしまったのだが、同時にものすごい幸福感と深い安らぎに包まれていたらしい。

理性から手綱をキって、固体が気体になるように、大きな世界に溶け込むということか。
(=キレる=ツナガる)
だとすれば、自分自分なんていってるが自分なんてハナからないのだろう。
氷をつくる製氷機の四角い容れ物の一角でしかないのだろう。

…話がわけのわからないところにまで脱線したが、まあ踊りまくって快感、というのは一言でいえばトランス状態なんだろうな。
「ライブ」パフォーマンスとして何かを演る場合は、演奏をコントロールしつつ心はトランスにも入る、ということが出来れば最高かな、と思う。
トランスは楽しいがコントロールは難しい。コントロールは要訓練、要鍛錬。要練習。

自由は素晴らしく、解放は待ち望んでいたものだけど、それだけではパフォーマンスにはならないという当たり前の結論で〆たいと思います。
さらに、GAGAクラスの後、急いで次のガフィエラのクラスを受けに走ったため、靴下を片方スタジオに忘れてきてしまったようです。しかもちょっと新しめの靴下…帰りみち、片足裸足でたいそう寒かった、という話でした。
# by agatha2222 | 2013-01-13 13:38 | Dance | Trackback | Comments(0)

踊りについてうんぬん②

先日、サンバ・ノ・ペとガフィエラのレッスンを初めて受けに行った。
サンバ・ノ・ペは独りで踏むサンバのステップのことで、ガフィエラとはサルサやタンゴのようなペアダンスのブラジル版というかんじだろうか。
簡単そうに見える基本のステップがま~~~ったく出来ないのだけど、それでも楽しかった。

音楽の替わりになる趣味を…と数年前に考えたとき、クラシックバレエを選ぶ前にはもちろん、サンバ(ダンス)も考えた。音楽のサンバが好きだから。でも、サンバ(ダンス)というとブラジル文化に特に詳しくない人なら誰もが抱くであろうイメージで、Tバッグ・シャイニーストッキングにシャイニーなハイヒールで宝塚みたいな羽根しょってカーニバルで踊るやつ…?完成型はアレ?無理無理…ってまず思って、(やってる人、ゴメンナサイ)いや、パゴージというものもあるじゃないか、と思い直して、教室を検索してみたけどピンとくるものがなくて、選択肢から除外したのでした。

ガフィエラに関しては、ごく最近まで存在すら知らなかった。
まず、ペアダンス、というものに今まで拒否感があった。

…私は、子供のころに早々とチームスポーツは諦めて、一番熱を入れていたのは水泳というくらい個人主義?なところがあり、それは短所であり長所であると思っている。
(水泳は究極の個人競技です…練習中は水の中なので他の人の顔すら見えない、競技でも自分のレーンが区切られていて、マラソンみたいに肘でつつきあうような小競り合いすらない)
自分が頑張りさえすればいい、上手くいかなくても自分だけの責任で他人に迷惑かけない、他人が自分の思ったとおりに動いてくれないことに苛立つこともない個人競技は、それだけつまらないけど、とても楽だ。

そこにペアダンス、、ときたらなんだ、男性がリードするもので女性はそれについていく、、お任せ~♪ってことか?それって面白いのかしら…?しかも家族でも恋人でもない異性と身体を密着させるなんて、色々な葛藤があるのでは…なんて思っていた。

それでもやってみようと思ったのは、
新しいことをしたい、要らぬものであれば自分の拘りを解いてみたい、解放したい、そしてなんといっても、ブラジル文化に触れたいという理由から。
やってみよう、とはいっても先述したとおり時間(あと銭も)は限られているので、ハマってしまう前に「かなりゆるゆるペースで」と設定しておくつもりなんだけど…。

ブラジル文化、ブラジリダージ。他人との距離感、もブラジルと日本のそれとは大きく異なると思う。
ざっくりした言い方でなんだけど、南米・北米の人と話していると、身体的距離が近いと感じる。ハグとかするし。
私は、本当はそういう文化にとても憧れていて、かなり昔から自分の中に所謂タッチハンガーの存在を認めていて、北米と日本のダブルで育った友人宅に行くと、家族間・友人間の身体的距離の近さを羨ましく思っていた。
だ・か・ら、考え方によっては一石二鳥じゃん、、サンバを歌うならブラジリダージに少しでも近づきたい、と思うのだし、近い距離で人とも接することもできるのだし(一種のセラピー??)、人生観少し変わるかもよ??、、と今では思っている。たった一回しかまだレッスンに行ってないくせに。

で、実際にガフィエラを体験してみて、というか先生と踊ってもらって、やっぱり楽しかったのでした。
むろん、その先生が素晴らしいから、なのだけど。
必要なことは、心の(つまりは身体の)緊張を解いて、パートナーに「預ける・委ねる」こと、パートナーの動きを感じ取ること(そうしないと、次はどっちに足を出すのかわからない)。
とても面白い。人間の意志がエレキギターで身体がアンプだとすると、自分のアンプにパートナーのギターが繋がってるような感じ。未体験ゾーン。

ところで、身体の使い方はバレエのそれとは全く違う。
上体をぐにゃぐにゃさせない、ということは共通しているし、重心を感じることにおいてはバレエをやっててよかったな、と思うけど、腰を落とすとか、膝を「伸ばす」でも「曲げる」でもなく「緩める」ということが難しかった、、いや、難しいというか、心のどこかで「踊りとはこう」というバレエのために沁み付けたルールに縛られていることが上手くいかない理由だ。すべては心から始まる。
服を着替えるように、そのルールも切り替えて、心から踊れるようになりたいなあ。
# by agatha2222 | 2013-01-09 15:54 | Dance | Trackback | Comments(0)